装うことの意味。「ドレス・コード?ーー着る人たちのゲーム」展
装いって記号だな、と日常生活の中で実感させられるのは、なんつったってアレですよ。
ヘアサロンに行ったとき。
来店時のわたしのファッション(とメイク)を見た若いスタッフの方が、わたしのそのファッション(とメイク)を記号として捉え、その記号にふさわしいと判断した雑誌を席まで持ってきてくれるんです。
わたしの場合、フィガロ、クラッシィ、大人ミューズあたりが置かれることが多く、なるほど、たしかに、というラインナップ。
わたしにとって雑誌は男性誌やライフスタイル誌を含め、どれも「読みたい」対象なのだけれど、クラッシィや大人ミューズまではなかなか手が回らないので、これ幸いとバーッと目を通します。
そんなふうに過ごしていると、わたしを長年担当してくれているスタイリストさんが「こんにちは〜」とやってきて、こちらがリクエストせずとも、ヴォーグやエル、ヌメロ、シュプール、ギンザあたり(=わたしにとって「読みたい」、そして仕事上「目を通しておきたい」雑誌たち)にさっと差し替えてくれる、というのがいつものパターン。
装いが記号になり得るからこその、楽しい実験
なので、ときどき実験をすることもあります。
「今日はあえてモードな服で来てみたけど、はたしてヴォーグは来るかな?笑」
「今日のこの格好だと、出てくるのはあの雑誌あたりかな?」
「今日はメイクを強めにしてみたけど、となると、雑誌はどうなるだろう?」
結構、楽しいです。笑
ファッションと組織、集団、個の関係性を問う
さて、東京オペラシティ アートギャラリーで開催中の「ドレス・コード?-ーー着る人たちのゲーム」展。
簡単にいうと、ファッションと組織、集団、個の関係性を、さまざまなキーワードをもとに問いかける、という内容。
ディオールやコムデギャルソンなどのアーカイブの数々は眺めているだけでも楽しいし、個人的には、終盤の都築響一さんによる北九州の成人式やラブドール、病みアイドルなどの記録が面白かったです。
ひさびさに都築さんワールドに浸った感じ。
「装うことの意味」を考えるうえで参考になるひとり、山縣良和さん
装うことの意味ということでは、わたしはリトゥンアフターワーズの山縣良和さんの考え方がとても興味深いなと思っているんです。
歴史とか時代性だとかをしっかりと踏まえながら「今」や「未来」を読み解くその視点がすごく面白い。
▼たとえば、このインタビューからもそのあたりが垣間見えます。
わたしも過去にインタビューや飲み会で何度かご一緒させていただいているのですが、お会いするたび、山縣さんの見解には学ぶところが本当に多いです。
▼だいぶ前に出た本だけど、これも面白かったのでおすすめ。
在庫切れだけど電子版なら読める模様。
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