#3-2 夜の街と君の朝/中①
今日も街は雨だった。
窓枠についた水滴で星を描く。指にしっとりと水気が付く。まだ夏は遠いからじめっとはしていない。
私は今日も彼の家に行くつもりだ。前夜が傾いた頃に向かうと約束してある。彼は今日も笑顔で私を迎えてくれるだろうか。彼は私の星。私に降り注ぐ雨。けれど、この街の雨よりずっと明るくて私はいくらでも浴びたくなる。
あと1時間と少し。荷物のチェック。着替えと下着と今日は星を見るって言ってたからレインコート持ってかないと。あとは……。
「って今日、私の食事当番じゃん」
ということは食材も持っていかないと。歯ブラシは新しいの買ったって言ってたっけな。あ、ルー切らしてるじゃん。なら、もうそろ出ないとスーパー閉まっちゃうな。
初めの頃より随分と小さくなったリュックサックを背負って、長靴に足を通す。長靴といっても今の流行りで、ローカットのやつが流行ってるらしく、私も彼にねだったらあっさり買ってくれた。そんなに興味なかったけど。
雨が一日中降るこの街では、傘を持っていかないのは息をしないのと同じだ。最近のお気に入りとなりつつある、紺色ベースに白の水玉とレースのついた傘を開く。
玄関の扉を開くと共に中夜に向かいつつある冷気が吹き始めていた。雨粒が風に乗って私の胸元にシャワーのように吹き付ける。
「さぶっ」
私は震える体をいなしてスーパーへ足を早めた。
ピンポ-ン
「……はい」
「私」
「良いよ」
何度も繰り返した会話。今ではすっかり最低限の語数でやりとりするようになった。玄関に入り、服についた水滴を最低限落とす。
「相変わらず傘さすの下手だなぁ。この街で生きるの向いてないんじゃない?」
「何?おちょくってんの?この前傘忘れてびしょ濡れで私の家へ来たのは誰だよ」
「その折は申し訳ありませんでした」
「論外でしょ、マジで。キッチン借りるね」
「あい」
すっかり私の調理場となっている彼のキッチンの机には、私の買った調味料で溢れている。だっていちいち持ってくるの面倒くさいんだもん。
慣れた手つきで冷蔵庫から卵を取り出す……。
「おい」
「あ?」
「あ?じゃねーよ。私の買い置きしといた卵食ったろ?」
「え、何のこと?」
「とぼけんじゃねぇよ」
「マジで食べてないって。『ひなたま』なんて高級卵」
「やっぱ食べてんじゃねーか。あれいくらすると思ってんだ」
「だって、あれ美味しいんだもん」
「はぁ、マジで屑だわ」
なんで私、こんな奴と一緒にいるんだか。仕方ない、あるもので作るか。まあ、メインに使うわけじゃないのがせめてもの救いだな。
続いてスーパーで買ったハヤシのルーを取り出す。これは彼の大好物。週一で食べないと死ぬ病らしい。今週はまだ食べてないって言ってたからな。本当はトマトソースとスパイスから作りたかったところだけど、私の調子がそんな良くないので今週は素を買った。
何度も作った料理。いつもの手順。彼だって卵で私が何を作りたかったのか分かっていると思う。けれど、彼はマカロニサラダがあまり好きじゃないらしい。卵の風味が好きじゃないんだと。私がいくら布教しても食べてくれない。今日は先を越されたか、やるなやつめ。しかし、代替案は決まっている。こうなるかと思ってトマトソースを持ってきている。ソースとマカロニを絡めて簡単冷製スープパスタだ。それに有り合わせの野菜サラダを添えて……。
「できたよ」
「あー」
「何?感謝の一つも言えないわけ?」
「ありがと」
簡素な言葉。でも、ちゃんと受け取った。
「はい、どうぞ」
料理をキッチンからテーブルに移す。
「「いただきます」」
彼はとても綺麗な作法で食事をする。マナーと姿勢だけは一丁前だ。
「うまい」
やっぱり質素。けど、言えないより言える方がずっとマシだ。
食事の終わった私達は動けるようになるまで軽く休憩する。
「「スピード!!」」
パタパタ パタパタ
「よっしゃ、終わったっ!」
「はぁ?不正してんじゃないの、早すぎ!」
「まさか。そんなに気になるんならトランプ見てみなよ」
「……全部あってる」
「でしょ?」
なぜ、そんなに早くできるのか。私は彼にスピードをして勝ったことがない。全く、手先だけは器用なこと。
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