ブランコ-如月さん視点-

 私に好きな人ができた。背の高くて気遣いのできる優しい、一つ上の先輩だ。
 きっかけは、私が中学生の頃に観に行った夏校の文化祭で先輩がライブをしているのを見たことだ。先輩の一生懸命だけど、どこか余裕のある弾きっぷりはカッコ良さを感じさせた。
 私はライブが後に先輩に話しかけに行って、そこから私のことを知ってもらった。
 
 高校はもちろん先輩のいる夏猫高校にした。もともと学力的にちょっと頑張れば届く距離だったし、私立だから設備も整ってて良いかなと思った。もちろん決め手は先輩が居たから、なんだけど。
 入学後、私は迷わず軽音部に仮入部。時期を見て本入部。つまり初期メンで交流もあったってワケ。

 だけど、本入部の頃にライバルが入ってきた。
 私が急用が入って1回目の楽器購入に行けなかった時に2人で行ったのだという。
 それからというもの、先輩とその子の距離はなんか近くて私は話しかけづらかった。初めからいたのは私だったのに。
 こんな振る舞いしてるから友達に良く、
「夢って誰にでも明るいし元気だよね」って言われるけど、実際は独りになるのが恐くて皆に話しかけてるだけ。しかも、先輩と2人だと心が動揺してうまく話せない。だから皆をよく巻き込んで話してる。

 話した数も時間も私の方が上なのに、あとからポッと出の子が優遇されちゃって。今さっきだって、勉強会が始まったら2人の独壇場。向かいに座って教えてもらっちゃってさ。
 けど、本当にムカついてるのはあの子にじゃない。自分。あそこで踏み出せなかった自分。話せない自分。今だってホラ、思い出すだけで手が震えちゃってる。どうして。どうして。

キ-キ-

 昔もこうして悩みがあると、公園のブランコに座ってたなあ。懐かしい。前は高校受験が嫌になって逃げ出した時だっけ。
 ただ、こうやって揺れてるだけ。この時間は悩みなんて頭にない。ただ揺れるだけの、何も悩まなくて良い日々を私は送りたかったのかもしれない。

 ブランコを揺らして砂を蹴る。いつもは砂が舞うけど、今日はザッと音を立てて前に払われるだけだ。湿り気を帯びた砂が、今の時期が梅雨であることを思い出させる。
 空を見上げた。雨粒が顔にかかる。次第にその数は増えていって、辺りの地面に水玉模様ができあがる。それもすぐに雨で埋め尽くされ、私は雨に閉じ込められる。動けぬままに、私は雨の音を聞く。

ザ-ザ-
ピシャピシャ 

 時折、何かが地面に当たって、溜まった水が空中に跳ねる音が聞こえる。それが靴だと気づいた時には、その足音はこちらに近づいてきていた。
 
 公園の入り口を見ると傘を持った彼女が立っていた。
今更顔など見たくもなかった。どう声を掛ければ良いか分からないからだ。
 彼女はそのまま近づいてくる。そして、

「濡れちゃうよ。早く入りなよ」

そう、彼女は言った。
 彼女目線ではそれが当たり前の発言だし、私は既に雨で濡れていて今更入ったところで意味はないけれど、それでも嬉しいと言う気持ちが心から湧いた。「先輩が来れば良かったのに」なんて微塵も思わなかった。
 
 素直に彼女と取り合うことができた。

「あ、ありがとう……」

「いいよ。こっちこそごめん、ひとりぼっちにして」

「そ、それは責任取りなさいよ!」

「何の責任?まあ、分かったけど」

「あと、これで勝ったと思わないでよねっ!」

「……分かった」

 彼女は何のことなのか、分かってるんだか分かってないんだかの曖昧なトーンで返した。
 私達は2人で傘を差して、美鈴先輩の家に戻っていった。


まだ、終わってない私の青春。

雨よ、早く上がれ。

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