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備忘録代わりの血管外漏出日記

こちらの番外編的な。↓↓↓

 ~前回までのあらすじ~
 退院当日、朝9時過ぎに退院できることになったdropは、その日を半日どころか丸一日フルに使えることに浮かれ、最後に訪ねてくれた主治医の先生に聞いておくべきことをすっかり失念したまま、足取り軽く病院を後にしてしまったのだった――

 うきうきした気分でタクシーで帰宅。まず一番に猫たちを迎えに行って、鳴きながら駆け寄ってきたふたりをしばらく念入りに撫でてやり、それから再度家に戻って、家中の窓を開けて換気。荷物の片付け、洗濯、掃除、ホームベーカリーの中のパンを捨てて新しく焼き直しをしてもまだお昼だ。ないと思っていた時間があるというのは嬉しいものだ。何としてもその時間を有効活用したくなった私は、予約しておいた美容室をキャンセルし、当日すぐに行ける美容室を探して行くことにした。帰宅してもまだ夕方。冷蔵庫の中の作り置きも軒並み駄目になっているので、夕食はパスタを作って食べた。日課の一万歩ウォーキングも再開した。長い一日だった。
 そして気付いた。
 腕が痛い。
 入院中にずっと痛かった左前腕の点滴部分。皮膚の下が硬くなっていることを看護師さんに伝えたら逆の腕にやり直してくれて、それで痛みからは解放されたのだけど、硬くなったところはまだ変わらず硬いままだ。ましになった気配もない。
 これ、どれくらいで治るんだろう。
 ネットで検索してみたが、なかなか欲しい回答が得られない。逆に不安になるような情報ばかりが目に入る。「直ちに点滴を中止し」……痛いのしばらく我慢しちゃってたけど……「冷却が有効」……冷やすの? 湿布とかした方がいいの? 「最悪の場合は皮膚の壊死」……怖い!
 患部はうっすらと赤く熱を持ったままだ。中に棒が入っているような感じで、触るとはっきりと硬い部分がある。例えば床を触ろうとして腕を低く降ろすと痛い。ウォーキングすると痛い気がしたが、そう言えば入院中にコンビニに行って帰ってきた時も痛かった。ということはジムで有酸素運動とかしたらもっと痛いのだろうか。
 湿布とかした方がいいのかもしれないが、手持ちがない。これは一度受診した方がいいかもしれない。入院していた病院は電車じゃないといけない距離だから、明日の午前中に近くの外科に行ってみようか。

 次の日。
 近くの外科に行く前に、念の為入院していた病院に電話で聞いてみることにした。
 代表番号にかけて要件を伝えると、すぐに外来の看護師さんと思しき人(もしかしたら初日に外来で応対してくれた人かも)に代わってもらえた。
「入院時に点滴をしていた部分が硬くなっていて痛いんですが」
「はいはい。どの辺り? 肘と手首の間?」
「あ、はいそうです」
「手が痺れたりとかは?」
「ありません」
「硬い部分の大きさは?」
「えっと、中に棒が入っている感じで、長さが10cmくらいで幅が2cmくらい」
「10cm??」
 驚かれたことに驚く。慌てて触って確認し直したけど、やっぱり内部の棒の長さはそれくらいだ。
「はい、それくらいです」
「外来を受診してもらうことは可能? 普通はあんまりそこまで大きくないんだけど」
 そんなことを言われたら更に怖くなる。けれど電話してみて良かった。やっぱり近所の外科じゃなくて入院先の病院を再訪した方が良いみたいだ。
「じゃあ今から行きます」

 何となく主治医の先生に診てもらう想像をしていたが、よく考えたら外来は曜日毎に担当が決まっている。壁にかかっている担当表には主治医の先生の名前はない。まあいいか、内部で情報連携してくれているだろう。
 それでも、番号を呼ばれて診察室に入ると、座っていたのは知っている先生だった。一度病室に来てくれた外科部長だ。状況も把握してくれているらしく、患部を見るとすぐに説明してくれる。理知的で落ち着いた話し方をされる。さすが外科部長。ものすごく頭が良いんだろうな。
「血管炎ですね。入院中に点滴していた薬剤、XXX(忘れた)はブドウ糖が10%、ビーフリードはアミノ酸が7.5%で、いずれも濃度が高いと言えるもので、血管に負担がかかります。静脈の細い部分が潰れてしまったりします」(内容はうろ覚え)
 説明を受けている途中で、主治医の先生が入ってきた。外科部長の後ろに立つ。無言で軽く会釈だけ交わす。
「今のところ薬剤を使って何かをするという必要はありません。1週間から2週間で症状はなくなると思います」
 思ったより短期間で治るみたいだ。で、湿布なども不要、と。
「運動はしても大丈夫ですか?」
「運動……例えば?」
「ジムで、エアロビクスとか」
「腕を使うのは避けた方がいいでしょう。脚を使うものなどは構いません」
 腕を曲げたり伸ばしたりするジェスチャーをしながらそう答えてくれる。
「そこまで腕は使わないです。ただ心拍数がかなり上がりますが」
「それは問題ないでしょう」
「あ、ではヨガで腕を使って体を支えるような動作はやめておいた方がいいんですね」
「そうですね。いきなり力が抜けて支えられなくなって別の事故を起こす可能性などもあります」
 そうすると、筋トレも同じだろう。脚トレなら大丈夫だし、腕を使うものは良くない。
「直接的に腕を使わなければ大丈夫ということですね」
「はい」
 いったんは頷いたが、
「ただ、腕を使わないようにしていると筋肉が衰えますので、治るまでの2週間のうち、1週間を経過したくらいから少しずつ動かした方が良いでしょう」
「分かりました」
 思ったよりずっと早く動かせそうだ。今度ヨガのクラスに行ったら、先週の欠席は突然の入院のせいだったことと、腕を使えないことも併せてイントラさんに伝えるようにしよう。
「さっきもお伝えしたように、血管が弱いと、点滴によって静脈の細い部分が潰れてしまうことがあります。もし今後また点滴を受けるようなことがあれば、そのことを覚えておいて伝えると良いかもしれません」
「あ、はい。分かりました」
 もうあんまり入院も点滴もしたくはないが、万が一の際、同じことを繰り返さないためにもちゃんと覚えておいた方が良さそうだ。(という訳で、今またこうしてnoteを書いていたりするのである)
「それで、お腹の方はどうですか?」
「あ、もう何ともありません」
 軽くそう答えると外科部長が苦笑した。腹痛なんて既に何年も前のことのような気がする。入院中は頭痛の方がひどかったし、今は腕の痛みの方がよっぽど気になっている。
「ええと、次回の受診予約は」
「取ってます」
 それまで控えていた主治医の先生と私が同時に答える。ついでにこの腕の経過も見てもらえる、良かった。
「ではその時に血液検査も加えておきましょう。予約票はお持ちですね」
「あ、はい」
 以上で診察は終わった。
 椅子から立ち上がると、主治医の先生が「気付けなくて申し訳ありません」と言うので、「いえ全然大丈夫です」と答えた。そもそも、私がちゃんと退院前に質問していれば済んだ話だ。主治医の先生には感謝しかしていない。
 つい勝手な想像が膨らんでしまう訳だけど、まだ若き我が主治医先生は、私みたいな比較的簡単な症例を担当しながら経験を積んでいるところなのかもしれない。聡明な外科部長は理不尽なパワハラとかもしなさそうだし、何か医者の世界も色々ありそうだけどここは割と働きやすい方の職場なのかもしれないな、まあ知らんけど。ていうかそうだといい。
 それで次に点滴の必要な治療を行うことがあったら、主治医先生はその患者さんの患部の具合とともに腕の具合も見てあげるんだろうか。あるいは看護師さんに見るように伝えるんだろうか、それとも「点滴が痛いと感じたら教えてください」と一言添えるようになるんだろうか。それともこんな些細なことは頭の片隅に置いておくだけかな。
 何にせよ、こんなことでも一つの経験になったのだったら、腕を硬くした甲斐があった。と思うなど。

(たまたま撮っていたビーフリードの写真)

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