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自律神経学会見聞録と耳関係の神経支配 #054

はじめに


2022年 9月4~7日に、オーストラリア ケアンズで開催された自律神経学会の帰路、機中でこの記事を書いています。

この会は、生理学系の基礎の専門家の集まりで、医師で参加している人はほとんどいらっしゃらない。ぼくにとっては、アウェイなのですが、実は耳科的に非常に重要なテーマもりだくさんな領域ゆえに、ぼくとしては外せない。そんなわけで自身の研究成果も持参して、ケアンズまで足を運んだのです。

やはりコロナ禍ということもあって、例年は500名ほど集まるこの会も、オンサイトの参加者は100名ほどでした。参加者の中にはアジア人も目立ちましたが、日本人の参加者は10名(現地日本人含む)ほどでした。

自律神経の基礎研究は、もっぱらラットを用いて行います(動物実験)。そのため認知とか理解とか人の神経生理学における関心事項の話題までには至りません。ラットでは、せいぜい、fight and frighten(戦うか逃げるか)、つまり扁桃体の反応(不安、恐怖、好き嫌い)を知るか、純粋な生理機能としての心臓のリズムの動態をしることができるくらいなのです。

しかし、ここ最近は、扁桃体 や心臓に加えて、「腸脳相関」という新しいテーマが加わわり、さらには神経変調という自律神経機能を調整する手法が見つかったりで自律神経界隈はちょっと騒がしくなってきているのです。

自律神経の世間の話題は、もっぱらマインドフルネス(呼吸)に関するもの。ヨガ式呼吸法とか禅とかな話題が主体です。でも、ラットにマインドフルネスな呼吸をお願いしてもやってはくれません。動物実験が主体の基礎研究では、だからそうした話題はでてきません。想像力を働かせて、それが人のどんな生理につながるのかを深く考えないことには、たぶん参加してみてもあまり楽しくもない学会なのかもしれません。

なぜ自律神経が補聴器学と関わってくるのか

自律神経系を理解するのに必要な、キホンの基本を少しだけ解説しておきます。

脳は2つのパートからなりたっています。
・感情を司る大脳辺縁系
・論理的思考を支える大脳皮質
の2つです。

ふたつの脳機能を支えるコアとして、その根っこに自律神経システムがあります。
自律神経系もふたつの機能があります。
解剖学的には、
・心臓–呼吸–脳からなるネットワーク
・腸脳相関と呼ばれるネットワーク
の2つ、
機能的には、交感神経と副交感神経があるわけですが、前者が交感神経系で後者が副交感神経系なのかななんて想像しています(まだよくわかっていない)。こうした自律神経の生み出すネットワークを脳研究者は
デフォルトモードネットワークと呼んだりしています。

戦闘モードにしてくれる交感神経系
リラックスモードにしてくれる副交感神経系
は、基本、シーソーのように左右バランスの取れたイーブンの状態(デフォルトモードが安定しているとき)にあるときが、脳も最高のパフォーマンスを発揮してくれます。

ちなみに、われわれは感情を「喜怒哀楽」で表現しますが、脳内には、残念ながら喜怒哀楽は存在しません。あるのは「親密度」の濃淡「不安(恐怖)」の強弱の二軸だけ。そのうみだすベクトルをぼくらは喜怒哀楽表現しているにすぎないのです。

喜楽は不安や恐怖が薄まった順化とか順応とか親密度の高い状態を意味しているに過ぎませんし、哀楽や好き嫌いは不安や恐怖の程度の差くらいの意味しかないということになります。

つまり、ラットを用いてのfight and frightenの研究から、喜怒哀楽を明確に理解することは出来ません。ラットが教えてくれるのは、扁桃体や心機能やのレベルまでの話。どこまで人に迫れるのか。それはホント不明な部分が少なくないわけです。

それでも今回のケアンズでの自律神経学会は、興味そそられる話題が満載でした。

自律神経系は、大脳と辺縁系を支える屋台骨です。
ですから、自律神経系をニュートラルに、デフォルトモードをしっかりと安定させるために何が必要なのかを基礎からしっかりと研究することはとても重要なことなのです。

学会ではどんな発表に興味を持ったかというと・・・

ぼくが、いちばん興味を持ったのは、ぼく自身が臨床医であるせいでしょうが、腸そのものをいじって自律神経系を正常化させようという研究発表でした。
ヒルシュスプルング病という腸の病気の治療の可能性にむけてのStem細胞注入をトライするという研究に心惹かれました。病的な神経組織を正常に復し、腸機能も回復させると心機能まで改善するぜ。という挑戦的研究に心奪われたのです(発表者が若い美人の研究者だったからではありません)。

もうひとつ気になったのは、Keynote Talk。
これはちょっと驚きな発表で圧巻でした。

いま流行の「腸脳相関」をテーマとしたストーリーを軸に

・抗生物質によって腸内細菌叢が荒らされる。
・それは腸の神経系の発達に変化を及ぼす。
・腸内細菌叢は結果として腸脳相関を介して、心臓や脳の機能に影響を及ぼす。
という仮説の上に抗菌薬投与ラットと非投与ラットの比較をおこなったものでした。

結果はというと・・・
・乳児期のラットに抗菌薬(バンコマイシン)を使う。すると腸内細菌叢には乱れが生じる。
・腸管壁の神経の発達に大いなる影響を与える。神経形状は大きく異なる(抗菌薬ありの神経叢は神経細胞が膨化する)。
・神経発達の乱れた(形状がことなる神経)は、正常な腸脳相関を生み出さない。もちろん心機能にも影響を及ぼす。

で、ここからがちょっと怖い話になるのですが・・・
・抗菌薬の影響は男児に顕著に観察される。
・脳機能への影響も男児>女児である。

自閉症スペクトラム障がい(ASD)を日常臨床で診ていらっしゃる先生なら「おいそれ大丈夫かよ。バイアスかかっていないか(-_-;)」となってしまいそうな、そんな話題ゆえに気になってしまったのです。

日本には、自閉症神話として、男児に多い、食事で治せる。といったちょっとカルトな一群が世に幅をきかせているところがあるので、こうした研究結果は、結果としてカルトな父母たちをたきつけてしまうんじゃなかろうかとちょっと不安になったワケです。

東京都老人センターの渡辺先生の発表も少し紹介しておきます。
彼は、人参養栄湯🥕という漢方薬の効果に関する基礎研究を行なっており、非常に興味を持って聞くことができました。このお話は、ただ単に漢方薬を服用すると良くなるよという話ではなく、服用と併せて、スキンシップ(馬毛ブラシでのブラッシング)を併せて行うことが大事だよという話でした。

難聴と認知症の関係において、補聴器が認知症を改善するよというのは、ある意味正しくてある意味フェイクです。補聴器で認知症を治すはあきらかにトンデモです。

正解は、補聴器をしてストレスフリーに会話できる環境をを手に入れたひとは、有意義な会話を増え、笑いも戻るので、認知症の進行にブレーキかかるよね。と、これもまた人参養栄湯に似た話におもいます。

基礎も臨床もトレンドはVNS

頸部皮下にインプラント(埋め込み)した電極と刺激装置によって迷走神経をダイレクトにかつリズミカルに刺激する方法をVNS(迷走神経電気刺激法)と言います。1日1~2回、5~10分くらい刺激することで、うつ病の改善、耳鳴の軽減、パーキンソン病の震えの抑制、てんかん発作の予防などなどいくつもの病気のコントロールが可能です。

治療法というよりは症状軽減の対処法というニュアンスで、インプラントは局所麻酔下に日帰りオペで行えることもあって、海外では比較的ポピュラーな治療法の選択肢のひとつになっています。

tcVNSあるいはmVNS

ぼくらは、tc(経皮的)とかm(経外耳道的)と呼ばれるアプローチで、迷走神経刺激を試みています。個性的な点は、磁気や電気といった面倒なデバイスを用いるのではなく、ブラシの接触とか炭酸泉にも似た、おだやかな皮膚パッチによる刺激を用いて行っているところです。

なんでそこで炭酸泉?とお思いになった方がいらっしゃるかもしれません。ので少し説明しておくと・・・

“炭酸泉”とは、お湯1リットルに炭酸ガスが0.25g以上溶けたお湯のことで、「ラムネのお風呂」と呼ばれたりしています。炭酸泉に入浴すると、皮膚の表面に細かな泡が付着し、プチプチを刺激してくれます。
全身を柔らかい羽毛で撫でられているようなその感じは本当にここちよいものです。体に付着した炭酸ガスの気泡が皮膚表面にある侵害受容器という感覚センサーを刺激するとき、生体はそれにお呼応するように血管拡張、血流改善、心負担の軽減といった効果を発揮します。 炭酸泉は、それ故に、心臓病・高血圧・糖尿病・血栓・心筋梗塞などの予防・改善効果があるといわれているのです。
天然炭酸泉でなくても炭酸であれば同様の効果を期待できます。最寄りのスーパー銭湯でも人工の高濃度炭酸ガスを含むお風呂を用意しているところはいくつもあります。人工であっても血管に対しては同様の効果を体感することができるでしょう。
*炭酸ガスが経皮的に吸収されてその影響で末梢血管が拡張するという説明を診ることがありますが、その説明は正しくありません。生理学的に生じているのは、経皮的なソフトな刺激が侵害受容器に作用するときその神経根レベルで内因性エンドルフィンが放出されその影響で末梢血管の拡張することにあります。エンドルフィンがでるので痛みの改善をもたらします。天然なら怪我や傷の治癒に関しての効果が期待できる場合もあります。天然の温泉に含まれるMgやCuなどのもつ創傷治癒効果や温泉そのものが酸性でその酸性水に似た殺菌効果で感染の悪化にブレーキをかけてくれるからです。

炭酸温泉の効果って?北海道~九州まで楽しむ名湯25選
https://www.kirala.jp/special/useful/389/

炭酸泉が生み出す皮膚刺激と同等の効果を生み出す貼付剤があります。
日本国内では、ソマセプト、ソマレジンなどの商品名で販売されているのがそれにあたります。

ぼくらはその改良版というか、耳専用に開発したものを使って、顔面や耳介の皮膚にも負担を及ぼさないレベルのおだやかな刺激強度、耳珠や外耳道に最適な形状など高度に専用に開発されたデバイスを用いて行っています。

もちろん将来的には刺激強度を高めて、うつ病、パーキンソン病、てんかん発作へも適用可能な製品へと進化させていくことがぼくのミッションだと考えています。

それってどんなものって聞かれると、『最近、美容系の通販で目の下ダルンにマイクロニードルで寝ている間にヒアルロン酸注入とかいう宣伝を見たことのあるでしょ。あの広告の写真に出てくるようなマイクロレベルの突起でできたブラシだよ。それを用いて経皮的迷走神経刺激をおこなうんだよ。』って説明しています。

Curtain fig tree とパロネラパーク

学会といえばお決まりな観光。
今回の自律神経学会でも、その合間を縫うようにちょっとした冒険旅行をしてきました。

前前日夜に会場入りしていたので、学会前の前日(日曜日)にショート・トリップを楽しみました。

ぼくらが選んだのは、はとバスのような周遊観光バス。
Cairnsの大自然の見どころを1日で順番に観ていくというツアーでした。
10時間ものツアーでしたので終わってみるとほんとぐったりでしたが、ツアー参加中は、実に楽しくあっという間でした。それはひとえにガイドさんの皆を飽きさせないナイスな説明によるところ大です。

ガイドさんは、くだらない親父ギャグで滑りまくる一方で、先住民の文化や生活をリスペクトしての真面目なお話も盛りだくさん。バスの窓からみえるランドスケープのそのスケールの大きさは日本では到底味わえるようなものではありませんでした。

https://ja.wikipedia.org/wiki/パロネラ・パーク
https://en.wikipedia.org/wiki/Curtain_Fig_Tree
https://tabippo.net/raputa-model/2/

いささか前置きが長くなりすぎてしまいましたが、今回は、耳周囲の神経支配、特に外耳道の迷走神経支配についてお話ししていきます。

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