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ペンで文字を書く行為は「棒を振り回すスポーツ」の一種だった

家庭で子供に書写(※1)を教えるにあたって、書道や美文字などの市販書籍を20冊ほど読み漁っていたら、「ペンを使って手で文字を綺麗に書く」という行為についての捉え方が個人的に大きく変わりました。

私はもともと「字を綺麗に書く」ということに関心が高く、コツなどもある程度知っているつもりでしたが、私が考えているコツの類は枝葉末節にすぎず、もっと土台の部分に重要な要素があるということに今回初めて気づきました。パラダイムが完全に転換した感覚があります。

自分の中で理屈をある程度体系化できたので、整理を兼ねて言語化してみます。

なお、市販書をベースにした素人の独自研究です。専門家の見解とは異なる可能性が大いにあります。

「ペンで文字を綺麗に書く」には

今の私の結論はこんな感じです。

  • ペンで文字を書く行為は、「棒を持って振り回す」スポーツの一種である

  • ゴルフやテニスと同様に、初学者はペンの正しい持ち方と動かし方を身に着けることが最も重要である

  • 持ち方と動かし方を学ばずに「お手本を見ながらゆっくり丁寧に書く」訓練を繰り返しても、「お手本を見ないで速く書く」能力の向上にはあまり結びつかない

  • 正しい持ち方・動かし方が身につけば、素早く手癖で書いても綺麗な字になる

  • 小筆の持ち方・動かし方をベースに、ペン向けに少しアレンジしたものが「正しい持ち方・動かし方」である

以下は、この結論にいたった根拠や思考過程です。


書かれた文字は「生成結果」。
訓練としては「生成過程」に着目する。

書写の訓練は、(「書を写す」の名のとおり)お手本の文字をなぞったり、お手本を隣において見て真似たりするものが中心です。

ですが、(特に初学者の場合)そこから得られることは実はあまり多くないのではないか、と私は考えています。というのは、紙に書かれた文字は「手でペンを動かす」という動作の結果としてできた生成物だからです。

どのジャンルであれ、上級者の「結果」だけを見て学べることは多くありません。その結果に至るまでの過程の方に、学ぶべきことが詰まっています。つまり、先生が書いた「文字」という結果ではなく、先生が「どのようにペンを持ち、操作しているのか」というプロセスの方に注目するべきです。

棒を振り回すスポーツでは、最初に「持ち方」と「動かし方」を習う

ペンで文字を書く動作は「棒状の道具を手で振り回す動作」であり、抽象度を上げると野球(バッティング)やゴルフ、テニスなどの仲間と捉えることができます。

野球もゴルフもテニスも、最初に必ず棒(バット、クラブ、ラケット)の持ち方や構え方、動かすときの身体の使い方を教わります。また、初級者に限らず、ボールが無い状況で棒を振る「素振り(すぶり)」という訓練をしますし、教則本には「棒を振る様子」の連続写真が必ずあります。

どんなスパルタ鬼コーチであっても、持ち方や動かし方を教えずに、上級者が打った球の弾道だけを見せて「さあ、あのような球を打ちましょう」という教え方は決してしないはずです。

ところが、書写(特に硬筆)の世界では「こんな球を打て」の指導がされています。上で挙げた「なぞって書く・見て書く」です。町の書道教室でも小学校の書写の授業でも、持ち方や動かし方はほとんど教えられませんし、書写の教科書にも連続写真は掲載されていません。

「持ち方」は「動かし方」は一体。持ち方だけを教えても意味がない。

書写の教科書や美文字の本には、最初の方に1−2ページほど「正しい持ち方はこうです。こう持ちましょう」という内容が掲載されていることがあります。

私が疑問と不満に思うのは、その持ち方が「なぜ、どう正しいのか」が説明されていないことです。正しさの根拠がないから、誰も注目しないし、従わずに我流の持ち方になっていくのです。

私が考える「正しい持ち方の根拠」は「正しい動かし方をするため」です。「縦線や横線を引くときに、身体をこう動かと、ラクに大きく動かせる。この動かし方をするために、あらかじめこの持ち方をしておく必要がある」という感じです。持ち方は動かし方と一体であり、不可分です。

これは、野球やゴルフ、テニスで「どのように握るか」に加えて「どう構え、足を踏み出し、腰を捻り…」といった「棒を振るときの身体の動かし方」を学ぶのと同じことです。

書き文字は「手で書きやすい形」にできている

デザインの世界では「Form follows function(形態は機能に従う)」という原則があります。「文字の形」という形態も、例外ではなく、書いたり読んだりする際の都合(=機能)に従います。

漢字は「動物の骨にナイフで刻みつける」形で誕生し、時代によって「石や金属板に刻みつける」「木簡に毛筆で書く」「紙に毛筆で書く」「木に彫って印刷する」…と筆記具が変化してきました。そして、筆記具の変化とともに、書体(文字の形)も「その時代の筆記具で書きやすい形」に変化してきた、という歴史があります(※2)。

現代の私たちの手書き文字の規範とされている「楷書」という書体は「紙に毛筆で書く」ことに最適化された形になっています。決して「石に刻みやすい形」を紙の上で無理やり再現させられているわけではありません。中国の昔の人達が、紙と筆で大量の文字を書く過程で「この形の方が書きやすい」と変化していった結果、出来上がったものです。

日本で生まれたカタカナ・ひらがなも、漢字の一部を抜き出したり、漢字の一文字をもっと速く書いたりと、やはり「書きやすさ」の先に出来上がったものです。

「綺麗なお手本」は、実は「手癖の集大成」なのです。

ということは、この書体を確立させた人たちと同じ筆記具で、同じ持ち方・動かし方をすれば、ある程度自然に、同じ結果=規範の楷書の形で書けるはずなのです。

ちなみに、上で「毛筆」と書きましたが、書体を確立させた筆記具は、書き初めで大きな字を書くのに使う「太筆」ではなく、手紙や書類などの小さな文字をたくさん書くのに使う「小筆」の方だと考えられます。

ボールペンや鉛筆でも、小筆の持ち方・動かし方を真似する

現代の私たちが主に使う筆記具は「毛筆」ではなくボールペンや鉛筆などの「硬筆」です。小筆とまったく同じ持ち方・動かし方はできませんが、ベースにしつつアレンジすることで、「楷書をラクに書ける硬筆の持ち方・動かし方」はできます。

それが、この記事で繰り返し出てくる「正しい持ち方と動かし方(※3)」です。

その持ち方や動かし方を学び、素振りをしたり実際に書いたりして、基本の縦線や横線、トメ・ハネ・払いなどを書けるようになれば、何百とある文字の形をひとつひとつ練習せずとも、手癖で綺麗な字が書けるはずです。

そう結論づけて、私は40歳手前にしてペンの持ち方を変え(1か月ほどで定着しました)、仕事や家事の隙間で縦線横線・トメハネ払いを練習し、また子供にも教え始めました。

半年後、私や子供の字が今より一段階上達していることを願っています。

参考資料

上述の思想に大きな影響を及ぼした情報源を掲載します。

文字はダンス!: 持ち方を変えてうまくなる!(竹内 みや子)

「文字を書く」という行為に対する私の認識を大きく変えてくれた一冊です。

「文字は書きやすいようにできている」という理屈づけや、「正しい持ち方・動かし方」など、今回の記事書いた話は、主にこの本に書かれている主張をベースにしています。

歴史や理屈付けのほか、縦線や横線、斜め線を書くときの「手の動かし方」も連続写真つきで解説されています。また「筆記具を持たない状態での素振り」の練習が推奨されています。

著者はほぼ同じ内容の本を何冊も出されています(私はほぼ全部読みました)が、理屈の裏付けという面ではこの本が一番詳しく書かれています。今回の私の主張に興味を持たれた方がいたら、こちら読んでみてください。

著者のYouTubeチャンネルもあります。著者の提案する「正しい持ち方・動かし方」を動画で確認できます。


カタダマチコ Instagramアカウント

「上級者がどのようにペンを操作しているかに着目する」という点では、Instagramで書道・美文字系のアカウントの動画を見るのがとても勉強になっています。動画で見ることで、どこで筆圧が強くなったり弱くなったり、ペンを動かす速度が変わったりしているのかがよく分かります。

カタダマチコさんのアカウントはもともと好きで数年前からフォローしていたのですが、今回の記事でまとめた考え方に至った上で、改めて学びがあると感じました。「文字はダンス」でも筆圧を変化させることの重要性に言及されていますが、筆圧や速度の変化はカタダさんの動画がとても分かりやすいです。そしてとても格好いい。

美文字の基本練習「縦線」 https://www.youtube.com/watch?v=tE29ml7dMcw より

こちらの画像はInstagramではなく、同じ方のYouTube動画からの引用ですが、同じ文字を同じ形で書いても、筆圧・スピードが違うと全く違う印象の字になってるのが分かります。私はこれまで、硬筆の文字は「幾何学図形として形を的に認識し、再現できれば良い」という風に考えてたのですが、その認識は(「文字はダンス」の本と)この動画によって完全に破壊されました。

人生が変わる魔法の美文字入門(武内和恵)

半分くらいを占める著者ご本人の体験談とマインド論は個人的には少し冗長に感じましたが、

  • ていねいにきちんと書くより、ちょっと速めに書くほうが美しく見える

  • 「速く書く」のを上手になりたいなら、速く書く練習をすべし

  • 楷書をマスターしてから行書、ではなくいきなり行書を練習すべし

  • いきなり字の練習をするのではなく、まず手を動かす練習をすべし

といった主張や、具体的な横線・縦線の練習方法(テレビを見ながら、CMの合間に「等幅・等間隔の線」を素早くたくさん書く、など)には影響を受けました。

脚注

※1 「日常の手書き文字をきれいに書く」くらいの意味で使っています。「書道」だと芸術としての毛筆書道のイメージが強いので、この記事では学校教科でも使われる「書写」で表記します。

※2 完全に余談ですが「工事中の駅構内の案内表示をガムテープで書く」という機能に従って生み出された書体もあります。詳しい話はこちら:新宿駅の「ガムテープ案内表示」を作りだした佐藤修悦さんインタビュー !『修悦体』はこうして生まれた

※3 「ペンの正しい持ち方」は実は大きく二つの流派があり、指導者によってどちらを正しいとするかが異なります。私が支持・実践しているのは、小筆の持ち方に近い「人差し指をペンにぴったりつける」持ち方です。

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