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GHS La Classique™ MA2390 Muriel Anderson Signature Set

 APX Traveler として1994年頃から販売、GOOD DESIGN賞も受賞されたそうで、エレアコとしての音は素晴らしく、根強いファンも多い名作ギターの部類かと思われます、APX T-1(A) 。ナイロン弦仕様の APXT-1N(A) も併売されており、国内製造で発表された後、台湾の Kaohsiung Factory に移りましたが 2000年頃廃番となり、当時トラベルギターの流れは、組み立て式のサイレントギターに見出そうとしていたのではないかと邪推します。

 現在販売されているAPXT2は、型番こそ流れを汲んでいるように見えますが、弦長580mm セットネックでボディーも厚くなっており、クルーソン機構のチューナー、A.R.T.ピックアップシステム&チューニング機能付きプリアンプ、単3電池2本使用、ボールエンド弦用のブリッジピン構造などなど変更点は数多く、エキゾティックウッドバージョンも発表され、APXT-1 と比較するとグレードアップ感が半端ない、全くの別のギターと言っていいと思います。

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 ボディは木製であり、ライニングがないことから、サイドであるアルダーフレームはそれなりの厚みを持っており、スプルース表板とアガチス裏板で挟んでいる、独特な構造のようです。

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  ローズ指板22フレットのメイプルボルトオンネック、ボディバックのマット塗装が滑りやすくも感じますが、全体的に厚さも薄く、ネックジョイントプレートが平面から出っ張らないよう凹になっており、ハイフレットの弾きやすさを意識していたり、ストラップピンを配置したり、この周辺を見るだけでも数々の工夫点が見られ、コンセプト達成の為の様々な条件の集合体とも受け取れ楽しいです。さすがにボディが小さく軽いために重いチューナーを装備するヘッドは下がります。

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 このブリッジの構造、いわゆる糸掛けの部分が鉄弦のテンションの強さにより破壊される心配が付きまといます。張られていたのはエリクサーだった為、弦を交換することもなく、エレアコとしてのサウンドはかなり良いですが、何故かこの個体は、6弦だけボリュームが小さいと 言いますか、おとなしく感じます。ブリッジ、サドル及びトランスデューサー周りの点検が必要です。

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 アクティヴプリアンプ SYSTEM-35。9V電池交換がしやすいのは実用的です。トーンコントロールは音の角を丸める、といった使い方になるでしょうか、絞りすぎるとボリュームも下がり気味になるため、使う機会は限定されるかもしれません。指先や弾く位置で音色をコントロールするのが楽しいと思っています。

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 チューナーはダイキャスト系であり、それ自体が重いために、6基ともなればヘッドは結構な重さです。ボタンだけを樹脂のものに変更し、これだけで約35g程の減量が可能となりました。

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 3弦だけ緩んでしまう問題が発生。チューナーを外してみると、衝撃によりピンが折れていてチューナーが弦の張力に負けて動いてしまっていました。チューナーの取り付け穴も無駄に大きく、何かの拍子に3弦チューナーをぶつけてしまった衝撃が、ピンに集中してしまう構造だった事がわかり、重いという部分もトラベルギター向きの仕様とは言えないでしょう。

ここはナイロン弦を張って、張力を弱めれば、破損しているチューナーも使えるようになるかもしれませんが、クルーソン機構への交換も視野に入れるとともに修理方法も合わせて検討していきます。

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 ナイロン弦を張る際、ナットも作り直せば、かなりチューニングに関しては追い込めそうですが、現段階でそこまではやりすぎなので、まずは高音弦の3本のみナイロン弦に合わせて若干溝を広げることとしました。

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 YAMAHA エレキギターの魅力として個人的に感じていますのは、この三角フレット形状です。個性的ではあるのですが、これにしかない弾き心地、出音というものがあります。ESPのBAMBOOINNよりも短い弦長600mmも、手の小さい方には妙にしっくりくるスケールだと感じます。
 ナイロン弦に変更すれば、この三角形状を鉄弦よりも長く維持できるようになることも魅力です。この個体は指板の経年変化か、フレットエッジの引っかかりを感じますので、修正が必要に思われますが、今回は行いません。

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 鉄弦使用時の最後の姿。 ナット幅で 43mm ナイロン弦仕様とするには幅の狭い指板と高さのあるフレット、指板は12インチラディアス、22フレット、ネックに関してはもはやエレキ。グリップも1990年代のエレキギターを感じさせる薄めの印象です。パッシヴピックアップを搭載し Acoustasonic 化をしたとしても、かなり汎用性は高いと感じます。

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 まず張ってみたのはこの弦、MATSUOKA MC-1000HT。あまり柔らかいと、ピッチも合いづらいことが予想されたため、ハイテンションと表記のある弦を選択。CLEAR NYLON と表記がありますが、サイズなどが書かれておらず比較情報としては役に立ちませんが、高音弦3本はフルオロカーボンのような感触、ハイテンション感があります。しかしながら低音弦3本については太さが足りていない印象でハイテンション感は薄いと個人的には感じました。MADE IN CHINA は想定内です。それにしてもバーコードの下の「印刷は日本だよ」の表記が泣けます。

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鉄弦での再使用も可能なように、最も低い位置の溝だけは生かしておきます。低音弦の3本はそのままでいける形状でした。

 鉄弦からの変更なので当然ですが、張り替えての第一印象は「音量が下がった」でした。現況のサドル形状および高さではテンションが足りない印象。サドルのトップがカーブしているのと、弦の張力が足らず、強く弾いた時にはピッキングによる弦ズレが起こり、そのノイズを大きく拾ってしまいますのでデリケートなピッキングの練習になります。三角形のフレットも、ハイフレットでの弾きやすさ、高さのあるフレットの運指のし易さも相まって非常に楽に弾くことができる印象です。

 しかしこの生音の音量が下がった現象から考えると、鉄弦は細やかな振動の集合体であり、それがいろいろな意味で影響を及ぼし、豊富に空気を揺らすことができるんだと改めて実感。ナイロン弦の時はこのギターサイズイメージ通りの音量ですが、鉄弦の時はイメージ以上の音量でした。

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 この糸掛けからサドルへ向かう弦の角度だけを見てしまうと、ボールエンド弦の方がまだマシなのかな?個人的にはクラシカルギターの弦の張り方はタイエンドのほうが好きです。やはりサドルを目いっぱい高くしてネックジョイントで弦高調整する方向が、このギターにはマッチしているかもしれませんが、まずはこのままナットの溝拡張とサドル作製だけでナイロン弦化を目指します。

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 やはりステージで使っても恥ずかしくない程度にチューニングには気を使いたいものです。せっかく機動性が高いギターなので、自宅専用なんてのはもったいなく、ピッチが悪いのはトラベルギターだから...と言い訳しているのもストレスです。ブリッジ側の溝は幅が 5mm もあるので、サドルを作りさえすれば、ピッチは良いところまで持っていけそうです。

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 リングとサドルが、トランスデューサーの上に乗っている構造です。これは余計な振動を生みそうですが、トランスデューサーの中心部分だけに圧力をかけることが目標の設計だったのかもしれません。このサドル幅では、ナイロン弦仕様としますと、ピッチが合わず、残念ながら弦も滑りますのでサドルを作り変えます。

 鉄弦を張っていた時は、エレアコの音に関して6弦だけ元気がない印象でしたが、ナイロン弦に変更後、1弦も元気がないように感じますので、サドル周辺はしっかりとチェックします。

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 サドル底面と接するトランスデューサーは、熱収縮チューブのようなもので覆われています。上面は平面がほぼ保たれているように見えますが、チューブが均等に収縮されていないように見え、弛みのある雰囲気が気になります。

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 トランスデューサーの下側は残念ながら隙間が確認できます。このあたりのチューブの弛みが音量不均一問題の原因かもしれません。最終的に押さえられるのを想定しての仕様だとは思われますが、弦の張力だけでは押さえきれず、全体的には接すれど部分的に圧力がかかってしまい、両端は十分な圧力が得られていなかったと想定されます。チューブを加温してみるもこれ以上のシュリンクは望めそうにありません。

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 トランスデューサーの下側には2種類の厚みの異なる樹脂のようなものが敷かれていましたが、単に全体を持ち上げるような方法はここでは適さないと判断し、取り除くこととしました。おそらくこれはデフォルトの仕様ではないでしょう。シムを抜いた高さの変化については削り出すサドル自体の高さで稼ぎたいと思います。

 サドル溝から覗くブリッジ底面は厚みが確保されており、平面も問題ないと思われます。配線穴から塗装が見えている為、ブリッジは塗装面に接着、ネジ止めされている様に思われます。ブリッジ溝底面はエンドミルによる削りっぱなしではあるものの、平面は出ている見立てですので、バリを除去する程度の研磨を行い、現段階での大きな加工は避けたいと思います。

 現況としては、トランスデューサー周辺に隙間ができないよう、トランスデューサー側の修正で改善させるという目線でいくこととしました。

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 サドルの素材は、おなじみ TUSQ PQ-9025-00 を使用したいところですが、高額になってしまう為、今回は断念。83mm x 12mm x 6mm の牛骨がありましたので、各弦に合わせて位置を調整しながら削り出します。

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 残念ながらブリッジの糸掛けの部分がネック幅と合っておらず、弦がズレていってしまうため、サドルに弦溝をつける必要があると判断しました。 トランスデューサー下に敷かれていたシムを抜いた為か、エレアコ音についてもレンジが広くなり、生音も音量が上がり、ピッチもかなり良いところまで持っていけましたので、共振ポイントも増加し、リヴァーブ感も高まったと感じます。

 音質は改善方向とはいえ全体的にはボケ気味な印象、もちろん小さなボディであり、度重なる調整で弦がダメージを負っているせいもあるかとは思われます。エレアコ音量問題も改善方向にはありますが、トランスデューサーのチューブの収縮不均一感は改善の余地ありと感じます。ここは当然生音にも影響するでしょう。

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 チューブの弛みが気になりますので、はがしてみます。ホットの上にピエゾ素子が枠に収められた状態で6個並べられ、フレームであるコールドで包み、それをチューブで押さえている構造です。ピエゾ素子の枠にもクリアランスがあるので、弦の位置を意識して圧力を受けやすい位置に並べ替え、フレームの曲げ部分も修正します。

 この樹脂製のピエゾ素子の枠は耐熱性が低く、加温しすぎると収縮するため、注意が必要です。いっそのことチューブ無し、とも考えますが裸のままですとピエゾ素子の位置も安定しませんし、上部のフレームやピエゾ素子のカバーのキシミ音まで出力されてしまいますので、適度なミュートが必要になってしまい、このチューブがサウンドを作っている重要な要素の一つと言えます。サドル底面の形状もトランスデューサーの中央部に乗るよう若干の改良を加えました。

 1~3 ナイロン弦と4~6 巻き弦のテンションの変更でエレアコ音量問題やボケ気味な音像などをもう少し改善できないかと目論み、そんなバランスでセレクトされている低価格のセットを探してみました。

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 GHS La Classique™ Muriel Anderson Signature Series Nylon Strings。スペック上ではこのセットが理想に近く、選択しました。NITRO-PACK との表示があり、1本づつ窒素充填されていると思われますので、数セット購入してストックしておいても問題ないであろう点は助かります。チェット・アトキンスとの交流やFingerpicking.net 等で有名な、ミュリエル・アンダーソン監修。ご存じない方は、ぜひ彼女の YouTube チャネル を訪れていただきたいと思います。弦の張り方もご本人が解説してくれています。ちなみに La Classique はフランス語、英語で The Classic です。

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 1~3弦は .028、.033、.040。Titanium Nylon との表示があります。実際にチタン含有ナイロンなのかどうか真実はわかりません。ご存じのように二酸化チタンは白の顔料としてあらゆるものに使用されておりますが、この弦は紫色に見え、別の色素による着色がなされているかと思われます。

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 端を溶かして引っかかりを作って弦交換時にタイエンドを作る際の滑りを防止する工夫がなされており、チューニングの安定性にも貢献しそうです。このアイデアは他のナイロン弦でも、ご自宅で再現可能かと思いますので、使用済みの弦で思考錯誤していただくのも面白そうです。新品時の  MATSUOKA MC-1000HT の高音弦と比べると非常にしなやかな感じがしました。

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 4~6弦は .030w、.037w、.046w。クラシカルギター弦として特別感は感じませんが、6弦はドロップチューニングにも対応できるよう、太いものがセレクトされたとのことです。.046w というゲージは、エレキでもなじみが深いですね。Drop D チューニングを体験してしまうと、この太さしか使えないかもとさえ思えてしまいます。

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 GHS Michigan Factory で製作されている、La Classique™ Winter Silver™ と呼ばれる弦で、大雪の翌日の晴天時に見られる、積もった雪のように輝く白さを強く感じる色味の弦で、オシャレなネーミングだと感じます。新品時の  MATSUOKA MC-1000HT の低音弦と比べると張りのある感じがしました。

 クラシカルギターの低音弦に関しては、Silver-plated Copper wound との表示が主ですが、さすがに銅に純銀メッキ(存在はしますが)では販売価格を安価に抑えるのは難しいと考えます。成分分析をしたわけではないのでなんとも言えませんが、銅に錫メッキなどではないかと思っています。この弦に限らずメッキは剥がれ安い印象なので、クラシカルギターの低音弦もやはりコーティング弦が実用的かもしれません。

 チタニウムナイロン弦については特徴が様々言われておりますが、この弦については個人的には非常にしなやかなナイロン弦という感想です。

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 目論みは当たったと言えるのではないでしょうか。ピッチもエレアコ音量問題も、かなりバランスの良いところまで持ってくることができました。先述のナット作成、およびサドルを高くしてネックジョイントで弦高を調整する方式にすれば、さらに良くなりそうな可能性も秘めています。

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 サドルのトップはフラットですが、弦溝をつけてありますので、弦の並びにはRが付いた状態になっています。ピッキングによってさまざまな音色を表現することができ、特に低音弦の張りの良さ、高音弦のしなやかさは気持ちがよいです。

 現在ピエゾ方式は、貼り付けタイプの進化が著しいと言えるかと思いますが、元来ナイロン弦とアンダーサドルトランスデューサーとの相性はとても良く、指先で音色をコントロールする醍醐味をダイレクトに感じられますので、ギターとしての”ピックアップ感”は高いと感じます。しかしながらアンダーサドルは突き詰めていくとシビアな調整が必要と感じさせますので、貼り付けタイプのシステムに移行しつつある雰囲気も量産性を考慮すると、うなづける部分ではあります。

 当然ながらクラシカルギターの弦もかなりの種類があり、種類の違いによる音色の違いは、他の鉄弦ギターよりもハッキリしてる方ではないかと思いますので、弦を変えて好みの音色を探すという行動も、面白く意味があると感じますが、くれぐれも泥沼にはまらないようにしたいものです。太い弦から発せられる高音弦のレンジ感や、柔らかい低音弦の奥深さ、全体的な艶感を体験しておけば、他の鉄弦ギターやエレキなどをプレイする際「音作り」においての視野が広がるのではと思います。

 ご協力いただきました、このギターのオーナーに感謝申し上げます。最後まで閲覧いただき、ありがとうございました。Pōmaikaʻi

※ 当記事の内容につきまして、あくまで筆者独自の視点から執筆された内容であり、できる限り正確性等を保つため最大限の努力をしておりますが、執筆及び編集時において参照する情報の変化や実体験により、誤りや内容が古くなっている場合があります。
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