【新発見】Vulfpeckが自分たちの過去の曲をセルフカヴァーしまくっている理由
KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、43回目の連載になる。では、講義をはじめよう。
(👆Vulfpeckの解説本をバンド公認、完全無料で出版しました)
今回はタイトルのとおり、「Vulfpeck(ヴォルフペック)が自分たちの過去の曲をセルフカヴァーしまくっている理由」についてだ。
たとえば「Running Away」などにはじまり、
最新作でも「What Did You Mean by Love?」「In Heaven」などがセルフカヴァーされている。
実はここ最近、Vulfpeckはこういったカヴァーの割合がかなり増えてきており、実は私も「ネタ切れか…?」と思っていた。
しかしもちろん、ネタ切れではなかった。
Vulfpeckはそんなヤワなバンドではなかったのだ。
今回はその、セルフカヴァーをしまくっている理由について――最新作『Schvitz』についての彼らの会話から、その真実に迫っていきたい。
さて、善は急げで、さっそく結論へ進もう。答えはこの動画の会話ですべて明かされている。
ここでTheoが語っていることがこのセルフカヴァーについての答えだ。彼の発言を補足しながらざっと解説すると、以下のようになる。
①かつてレコード製作の全盛期、具体的には1970年代ごろまでは、ひとつのヒット曲が数多くのアーティストによって次々とカヴァーされるという時代だった。
②当時の音楽業界には、ヒット曲はヒットさせたアーティストのものという考え方がなかった。自分のオリジナル・レコードを作るために他人のヒット曲を並べる、ということも普通に行われていたし、それによってヒット曲はさらに有名になっていった。曲との関係性が現代とは異なっていた。
③しかし、Vulfpeckはあえて現代において、当時のやり方に回帰している。だからメンバーが過去にリリースした曲をVulfpeckで、別アレンジでレコーディングしている。
④これはVulfpeckがファンク・ブラザーズなど、当時のリズム・セクションのスタイルに回帰したバンドであるというコンセプトと一致するものである。
ということである。
しかし、まだこれだけだと説明が不十分であるように思われるので――ここからは、それぞれをさらに詳しく解説していきたい。
①かつてレコード製作の全盛期、具体的には1970年代ごろまでは、ひとつのヒット曲が数多くのアーティストによって次々とカヴァーされるという時代だった👇
こちらはTheoが例に挙げている「Love The One You're With(1970)」で解説してみよう。Stephen Stillsが作曲したこの曲は、Aretha Franklinなど、有名なソウル・ファンクのアーティストに次々とカヴァーされていった。
Stephen Stillsは「Crosby, Stills, Nash & Young」の中心人物としても有名。アコギがメインのロックな原曲が、Arethaなどが取り上げたことによってソウルのスタンダードとしても愛されるようになっていったという歴史が、この曲には潜んでいるのである。
②当時の音楽業界には、ヒット曲はヒットさせたアーティストのものという考え方がなかった。自分のオリジナル・レコードを作るために他人のヒット曲を並べる、ということも普通に行われていたし、それによってヒット曲はさらに有名になっていった。曲との関係性が現代とは異なっていた👇
これについてはAretha Franklinのレコードがかなり分かりやすい例になると思うので、彼女の名盤『This Girl's in Love with You(1970)』を紹介したい。
2曲目の「Share Your Love with Me」が、第12回グラミー賞にて最優秀女性R&Bボーカル・パフォーマンス賞を受賞したこのアルバムは、おそらくなんと全10曲中、7曲がカヴァーなのだ。(しかもオリジナルだと確認できているのは1曲のみなので、もしかしたら9曲がカヴァーという可能性もある)
もちろんこれは、カヴァーアルバムではない。Aretha Franklinのオリジナルアルバムだ。この作品ではビートルズから2曲、「Let It Be」と「Eleanor Rigby」がカヴァーされているが、それでもこのアルバムはカヴァーアルバムだとは言えない。
何を言っているんだ、と言われそうだが、つまりこれこそが、「曲との関係性が現代とは異なっていた」ということなのだ。これはAretha Franklinが自らヒット曲を歌い、彼女の世界を表現したアルバムで、それを当時はカヴァーアルバムとは呼ばなかった。
こういったアルバムは非常にありふれており、これをカヴァーアルバムに認定してしまったら、「いったいどれがオリジナルアルバムなんだ?」というくらい、当時はカヴァーという行為が一般的だったのである。
また前述のように、名曲はこうやってジャンルの垣根を越えたり、さらに無名だった曲が有名になっていったりもした。こういったカヴァーは、当時の「文化」だったと言えるだろう。
(ちなみにこれは特にソウル・ファンク界隈に顕著な現象だったと思われるが、おそらくそれは非常に文化圏が近かったジャズ界隈から派生したものではないかと考えられる。これについては憶測の域を出ない)
👇JBの『Cold Sweat(1967)』も、全11曲中9曲がカヴァーだが、立派に彼のオリジナルアルバムとして認識されている。こういった作品では有名な曲をカヴァーするだけでなく、同じレーベルのアーティストや、近い関係性、友人の曲をカヴァーするということもよく行われていた。
③しかし、Vulfpeckはあえて現代において、当時のやり方に回帰している。だからメンバーが過去にリリースした曲をVulfpeckで、別アレンジでレコーディングしている👇
さて、ようやくVulfの話だ。彼らはさすがに10曲中8曲がカヴァー、というようなことはしていないが、要するに、彼らがセルフカヴァーをするのは、こういった当時のレコード製作の状況・文化をリスペクトし、部分的にそれらの価値観を蘇らせようとしているからなのである。
しかも、こういったやり方はおそらく、リーダーのJackのアイデアだと思われるが、その発想をメンバー皆が理解し、賛同しているというのがまた素晴らしい。
具体的にどういった曲をカヴァーしているかは別記事にまとめておいたので、こちらをご覧いただきたい。
④これはVulfpeckがファンク・ブラザーズなど、当時のリズム・セクションのスタイルに回帰したバンドであるというコンセプトと一致するものである👇
そして、これがもっとも重要な事なのだが、こういった過去をリスペクトするやり方は、いきなり出てきたアイデアではない。
JackがそもそもVulfpeckを結成したときに、ファンク・ブラザーズやマッスル・ショールズ・リズム・セクションなど、当時レーベルに雇われていたリズム・セクションをリスペクトし、現代に蘇らせようとしていた、という考え方と一致しているのである。
つまり、おそらくすべてはJackによる、当時のソウル・ファンクのレコード製作に対する憧れから生まれた発想なのだ。
しかも過去を大事にするだけではなく、「持続可能性を意識する」など現代的な発想も巧みに取り入れており――こういった過去と現代のバランス感覚が非常に優れているところが、Vulfの最大の魅力のひとつだと言えるだろう。
(こちらについて詳しくは私の過去のnoteや、Vulfpeckについて書いた著書をご覧いただきたい)
以上が、「Vulfpeck(ヴォルフペック)が自分たちの過去の曲をセルフカヴァーしまくっている理由」だ。
これを知ってから彼らの演奏を聴くと、また違った視点でそのレコーディングを捉えることができるだろう。これはVulfpeckを理解するうえで非常に大事な情報だと感じたので、今回こうしてひとつの記事として取り上げさせていただくことにした。
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。
◇既刊情報◇
バンド公認のVulfpeck解説書籍
「サステナブル・ファンク・バンド」
(完全無料)
ファンク誕生以前から現在までの
約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」
もしよろしければ、サポートをいただけると、大変嬉しく思います。いただきましたサポートは、翻訳やデザイン、出版などにかかる費用に充てさせていただいております。いつもご支援ありがとうございます!