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どこよりも詳しくTHE FEARLESS FLYERSのアルバム 「Tailwinds」を解説 / 新メンバー「Delta Foece」って誰???

KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、10回目の連載になる。では、講義をはじめよう。

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今回は本来であれば、「あまりに深すぎるJack Strattonの世界」の続編を公開する予定だった。しかし最近連続でリリースされているVulfpeckの別プロジェクト、THE FEARLESS FLYERS新作アルバム「Tailwinds」があまりにも素晴らしいため、急遽そちらを紹介する記事を書くことにした。

THE FEARLESS FLYERSとは

THE FEARLESS FLYERSは2018年に結成された、Vulfpeck(ヴォルフペック)のサイドプロジェクトだ。メンバーはVulfpeckからJoe Dart(b)Cory Wong(g)、スナーキー・パピーからMark Lettieri(gt)、そして有名ドラマーのNate Smith(ds)

2018年にレコーディングされ発表されたEP、「THE FEARLESS FLYERS」はその内容の斬新さ、またMVの面白さでひときわ人気作となった。

わずか2分17秒、テーマ・ソロなし、みんな同じサングラス、ギターとベースは楽器スタンドに固定、ドラムは3点セットのみ、しかもバスドラはブロック塀で固定、と衝撃的な内容だが、しかしグルーヴは世界一。Vulfpeckお得意の「ミニマルファンク」で、新時代を象徴する演奏を繰り広げた。

この動画でTHE FEARLESS FLYERSは大注目のファンクバンドとなり、2019年も2nd EPをリリースして話題となった。

THE FEARLESS FLYERSの結成については、Cory Wongのインタビューで詳しく紹介されている。

(筆者注:The Fearless Flyersは)何年か前からジャックがコンセプトを持っていて、ドラムにはネイト・スミス、弦楽器にはベース、バリトン・ギター、エレクトリック・ギターという構成で考えていたんだ。僕、ジャック、ジョー・ダートで実現に向けて話し合っていたけど、僕は去年の秋までツアーで忙しかったから、じっくり時間をかけていた。で、僕はネイトとマークに”こういうコンセプトで、(筆者注:2018年の)1月には録音をする予定だ。君たちは来られるかな?”ってメールを送ったんだ。そしたら、”もちろんさ!”という答えが返って来て、レコーディングは予定どおり1月に、3日間のスケジュールで毎日2曲ずつ録って、アルバムは4月にリリースとなった。すべてが急ピッチで進んでいたから意識はしていなかったけど、振り返ると僕たちはバンドとして活動していたわけさ。(出典:ギター・マガジン2018年11月号)

このバンドにはギターが二人いるため、Cory WongとMark Lettieriは通常のギターと、バリトンギター(ギターとベースの中間の音が出る楽器)を使い、ギターと音域が被らないようにしている。どちらの楽器を弾くか、というのは曲によって変わる。

さらにVulfpeck本体のミニマルファンク――つまり、「引き算のセンス」を活用することで、あえてテーマやソロを弾かずとも楽曲を自然と成立させている(これは私の過去記事でしっかりと解説しているのでよければご覧いただきたい)。

2019年はVulfpeckはマディソン・スクエア・ガーデンに14000人の観客を入れてソールド・アウトさせたが、その前座としてTHE FEARLESS FLYERSがライブを行った。メンバーがほとんど同じなので、最近のVulfpeckのライブはTHE FEARLESS FLYERSとの二本立てになることが多い。

2019年はVulfpeckにとって飛躍の年となり、2020年になっても新しいアルバムをリリースして話題を絶やすことなく活動。

そんな中、満を持してTHE FEARLESS FLYERSの新作がリリースされた、という流れだ。

新作「Tailwinds」レコーディングについて

今回のレコーディングは、場所も特別だった。カリフォルニアのSound City Studios。ニルヴァーナの「Nevermind」など、数多くの名盤がレコーディングされた伝説的なスタジオだ。(ちなみに同スタジオの、スタジオAが使用された。動画に登場する、ドラム背後の吸音材はスタジオ備え付けだ)

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画像出典:https://www.facebook.com/pg/SoundCityStudios/services/

楽曲は下記の10曲がレコーディングされ、現在順次公開中となっている。

Nate Smith is the Ace of Aces
Introducing Delta Force
Assassin
Ambush
Colonel Panic

The Birdwatcher
Adrienne and Adrianne
Kenni and the Jets
Kauai
The Speedwalker


まず2020年5月1日、 「Nate Smith is the Ace of Aces」が公開され、音源も配信開始。曲は2018年の「Ace of Aces」をリメイク。Nate Smithもこの日初めて使ったという、巨大なドラムセットを贅沢に使ったテイクだった。Nate Smithをフィーチャーした楽曲で、非常にグルーヴィー。

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画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=tt6eqDv0cpI

しかし、この動画でもっとも注目を集めたのは、実は初めてバンドに導入された「Delta Force」と名付けられたホーン隊だった。

ホーン隊「Delta Force」メンバー解説

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画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=6NdWg4xIus8

手前から、Alekos Syropoulos (as)、Kenni Holmen(ts) 、Grace Kelly (bs)の三人による「Delta Force」は、今回のレコーディングのために結成されたホーン隊である。

Alekos Syropoulos(as)はサックスだけでなくキーボード、また作曲、プロデューサーなどもこなせる人物だ。フロリダ州マイアミ出身、若手のプレイヤーでVulfpeckに関わるのはこれが初めてとなる。

Kenni Holmen(ts)はプリンスのニュー・パワー・ジェネレーションに、ホーン隊「ホーンヘッズ」の一員として参加した大物だ。こちらのサイトによれば、1994年から亡くなる直前までプリンスの作品に関わり続けていたという。ちなみに彼はCory Wongの作品にも多く参加している。

Grace Kelly(bs)は、ジャズ界で大注目の若手プレイヤー。名前がグレース・ケリーで、有名女優と同じ。若干12歳にして、自身で作曲して歌ってサックスを吹くアルバム「Dreaming」でデビュー、神童として高い評価を得る。

バークリー音楽大学で、ジェレミー・ウッデン、リー・コニッツ、グレッグ・オスビーらに師事。多くの有名ジャズマンと共演、2016年のアルバム「Trying to Figure It Out」は、2016年のDownBeat誌の読者投票でジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤーの第2位に選ばれている。現在28歳。

これら三人による「Delta Force」は、衣装もワークウェアをイメージしたオールインワンで統一。やはり黒いサングラスをかけ、譜面は全てiPad(足元のペダルで譜面をめくっている)で、ビジュアルにも非常にこだわりをみせている。

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そして5月15日に発表された新しいMVが、「Delta Force」をフィーチャーした楽曲、「Introducing Delta Force」だった。

これはやはり2018年の曲、「Introducing the Fearless Flyers」のリメイク版となる。2018年の時点ではリズム隊4人だけのシンプルな演奏だったが、今回は3管も加わったことで非常にカラフルな楽曲へと進化した。特に曲の最後に繰り広げられる、ホーン隊のためのスペースのアレンジが素晴らしい。

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画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=tt6eqDv0cpI

さて、ではここで今回のホーンアレンジについて解説をしたい。もともとは曲に含まれていない、「Delta Force」のためのフレーズは全てこの人物が書き上げたものだ。

Michael Nelson — horn arranger

マイケル・ネルソン。そう、プリンスのニュー・パワー・ジェネレーションのホーン隊「ホーンヘッズ」のリーダー、ホーンアレンジメントを務めている人物である。

プリンスの作品でのホーンアレンジは非常に多彩である。時にファンキーに、時にロックに、時にジャジーに。彼は1990年代からの多くの作品を手掛けているが、彼がフレッド・ウェズリーに次ぐ、ファンク・ホーン・アレンジャーの超大物であることは疑いようがない。

Michael Nelsonは2013年ごろからCory Wongと親しくなり、ホーンヘッズでCoryのアルバム、ツアーに全面的に協力していた(これについても私の過去記事で解説している)。

今回、現時点で発表されている曲であまり演奏面で目立っていないCory Wongだが、実は今回はアルバムのためにMichael Nelsonなどを呼び寄せて「Delta Force」を結成させた功績がある。

これはCory Wongのインスタグラム投稿だが、こちらで「ジャックからプロデューサーに指名してもらった」ことを明かし、また「we got hornsss!(ついにホーン隊を手に入れたぞ!)」と喜びを表現している。

Vulfpeckファミリーの貢献について

ここまであまり触れてこなかったが、他のメンバーにも触れておきたい。

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画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=tt6eqDv0cpI

Joe Dart(b)Mark Lettieri(gt)のソロも短いながら素晴らしいパフォーマンスを見せている。すっかり定番になった黒のオールインワンとサングラスも最高だ。ちなみに、Joeが弾いているのは自身のシグネチャーモデルのベースである。

そして…最後にもっとも重要な人物を。THE FEARLESS FLYERSでは一切演奏しないので忘れられがちだが…影の主役であり実際のプロデューサー、今回のカメラマン。全員の衣装のプロデュースなどもこの人物が行っている。

Jack Stratton — camera, producer

写真中央、珍しくライトブルーのパーカーを着ているのがJack Stratton。Vulfpeckのリーダー、THE FEARLESS FLYERSの仕掛け人だ。動画の編集、SNSの戦略、さらにどうやってリリースして販売するか――すべて彼がレコード会社を通さずセルフ・プロデュースで決定している。

今回の作品はクラウドファンディングでレコード化し、5月末まで注文を受け付けている。

このようにCDは基本的に作らないで、クラウドファンディングでレコード化、あとは全て配信のみで済ませるのはJackの定番スタイルだ。大手レコードに属さずセルフ・プロデュースにこだわり、金銭面でも厳しくSustinability(持続可能性)を追求している彼にとっては、これが収益性の面でもっとも効率的なのだろうと思われる。

以上、現時点でTHE FEARLESS FLYERSの新作アルバム「Tailwinds」について判明している情報を、過去のVulfpeck考察記事を交えながら紹介してきた。まだアップされているのは2本の動画とクラウドファンディングのサイトだけだが、過去のインタビューや作品などを追いかけてきた視点で見ると、個人的にいろいろな発見があったため、過去記事も一緒に紹介させていただいた。

これからも新しい動画がリリースされていくと思われるため、また追って情報をまとめていきたい。以上、Dr.ファンクシッテルーの講義にお付き合いいただき、ありがとう。

※(5月22日追記)

本日、同アルバムからまた1曲、動画が配信された!

内容的には先に紹介した2つの動画と大きな変化はない。ただし、楽曲はさらに難しく、複雑になっている。

曲名は「Colonel Panic」。読み方は「カーネル・パニック」。カーネル・サンダースの、「カーネル」だ。カーネルの意味についてはこちらが詳しい。

※(7月7日追記)

さらに多くの曲がYouTubeで公開、配信でも聴けるようになっている。

「Ambush」はメタルの曲だ。完全に狙って演奏している。もっとも、メンバー全員がロック大好きなので、実は楽しんで録音したのではないか、と思われる。

そして、「Adrienne & Adrianne」はVulfpeckの初期曲のカヴァーだ。THE FEARLESS FLYERSは以前も「Barbara」で初期Vulfのカヴァーを行ったが、ファンとしてはこういうアップデートは非常に嬉しい限りである。



◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー

イラスト:小山ゆうじろう先生

宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。


◇既刊情報◇

バンド公認のVulfpeck解説書籍
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(完全無料)


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約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」


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