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医療用大麻解禁についての解説

先日、医療用大麻が日本でも使用できるよう法律の改正案が出されるとのニュースが話題となりました。

しかしそれってどういうこと?そもそも医療用大麻ってなんなの?どんな病気に効くの?という疑問も多いことでしょう。
内科医で大麻ウォッチャーである私の目線で解説してみたいと思います。

医療用大麻解禁ってどういうこと?

医療用大麻が解禁と言ってもすぐに大麻を病院で処方してもらえるようになるというわけではないでしょう。
まずは現状を把握する必要があります。
2023年9月現在、大麻や大麻から作られた薬は大麻取締法により医薬品として人に投薬することが出来ず、治療はおろか臨床研究すら出来ません。これはモルヒネなど医療用麻薬よりも厳しい状況です。大麻はモルヒネより依存性が低くドラッグとしてはソフトだとされていますが法律では逆転状態です。

大麻取締法(抜粋)
第一章 総則
第一条 この法律で「大麻」とは、大麻草及びその製品をいう。ただし、大麻草の成熟した茎及びその製品並びに大麻草の種子及びその製品を除く
第四条 何人も次に掲げる行為をしてはならない。
一 大麻を輸入し、又は輸出すること。
二 大麻から製造された医薬品を施用し、又は施用のため交付すること。
三 大麻から製造された医薬品の施用を受けること。

四 医事若しくは薬事又は自然科学に関する記事を掲載する医薬関係者等向けの新聞又は雑誌により行う場合その他主として医薬関係者等を対象として行う場合のほか、大麻に関する広告を行うこと。

スバリ、第4条ニ、三を改正することがすなわち「医療用大麻」の解禁を意味します。

補足ですが、CBDという物質が街ですでに売られています。CBDは大麻草に含まれる成分で、THCとは異なり向精神作用がなく(非常に弱い)単独ではドラッグとしては用いられません。
あれ?大麻から抽出されたものなら大麻取締法違反なんじゃないの?と思われるかもしれません。確かに厳密に言うと法律違反になると思われます。
CBDを売っている業者はCBDを「茎」から抽出しており合法であると主張しています。大麻取締法では繊維を取る目的から茎を規制対象外としていますが、それを逆手に取った主張です。
しかし、茎に含まれるCBD量は多くなく、実際は花穂や葉から抽出しているものと推測されます。
おそらく規制当局もこのことを把握していますが、どこから抽出したものかを証明するのは難しく、また酩酊作用がないことからお目溢しされています。つまりCBDは2023年9月現在はグレーゾーンの非犯罪化状態にあります。

2023年11/4追記 明らかとなった法改正案https://www.mhlw.go.jp/stf/topics/bukyoku/soumu/houritu/212.html
・大麻取締法4条は削除となり「大麻取締法」から「大麻草の栽培の規制に関する法律」に名称変更されました。この事により大麻の医薬利用が可能となりました。
・大麻の定義は大麻草(その種子及び成熟した茎を除く。)及びその製品(大麻草としての形状を有しないものを除く。)とされました。つまり大麻とは生きた大麻草自体、葉や花を乾燥させたもの、を指すことになりました。
CBDは大麻でも麻薬でもない化合物となりました。(大麻草としての形状を有しないため。)
麻薬及び向精神薬取締法を改正し大麻を麻薬に含めることとしました。この事により、大麻及び大麻製剤は医療用麻薬と同様に医薬利用されることとなりました。
・嗜好目的の大麻も麻薬として規制されることとなり、大麻取締法よりも厳罰化しました。

どうして今「医療用大麻」解禁なの?

この法律が定められた当時は大麻の医薬利用は非常に限られたものであり、医薬品としての有用性はあまり考えられていませんでした。そのため、より厳しい規制のため医薬品としての利用を禁止する項目が盛り込まれたのだと思われます。(詳細は不明ですが。)

1960年代、ヒッピームーブメントなどから欧米を中心に大麻が非合法な嗜好品として広く使われるようになります。その中で病気への効果が「再発見」され、特に癌やHIV/AIDSの患者さんの間から声が上がるようになりました。医療大麻の解禁を求める声が1990年代後半から欧米を中心に大きくなり、徐々にいくつかのアメリカの州や国々で大麻の医療利用が認められるようになりました。医学的な研究も行われ、慢性疼痛、多発性硬化症の痛み、HIV/AIDS、癌の症状緩和などで一定の効果が報告されました。

また2017年に小児の難治性てんかんに対してCBDが効果的であるという画期的な報告がなされ話題となりました。

参考文献
New England Journal of Medicine.  Trial of Cannabidiol for Drug-Resistant Seizures in the Dravet Syndrome.
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1611618?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori:rid:crossref.org&rfr_dat=cr_pub%20%200www.ncbi.nlm.nih.gov

New England Journal of Medicine.  Effect of Cannabidiol on Drop Seizures in the Lennox–Gastaut Syndrome.
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1714631?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori:rid:crossref.org&rfr_dat=cr_pub%20%200www.ncbi.nlm.nih.gov

また、国際的な取り決めに麻薬に関する単一条約というものがあります。そこでの大麻の規制区分はかつては一番厳しいスケジュールIVとなっており、「乱用され悪影響を及ぼすおそれが著しく」「実質的な治療上の利点より大きい」として、医薬利用を制限していました。しかし各国から大麻の医薬利用の声が上がり、医学的エビデンスの蓄積も受けて、2020年に大麻の規制区分がスケジュールIに軽減され、国際的に大麻および大麻製剤の医療目的の使用が認められることとなりました。
(ちなみに日本国は改正に反対しました💦)
日本国は第二次世界大戦の敗戦国であり、国際協調が国是です。国際条約の足枷がなくなったことはかなり大きなことでしょう。

我が国でも聖マリアンナ医科大学の太組一朗准教授と一般社団法人 Green Zone Japanの正高佑志医師らにより小児難治性てんかんに対する研究が進められていますが、先に書いたようにCBDはグレーゾーンな医薬品であり大麻取締法が研究障壁となっています。

これらの背景があり、大麻取締法 第4条 医薬利用の禁止 が改正される方針となったものと考えられます。

参考文献)大麻取締法、麻薬及び向精神薬取締法改正議論 監視指導・麻薬対策課
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000925329.pdf

医療用大麻はどんなもの?

医療用大麻といっても嗜好目的で使う大麻と別の種類の大麻があるわけではありません。医療用大麻という言い方が誤解を招くとしてその用語を好まない人もいますが、一理あります。正確には大麻の医療目的使用 Medical use of cannabisという方が正しいかもしれません。

医療目的で大麻を用いる場合には以下の形状や使用法があります。
1.大麻草そのもの 使用法は気道、経口投与など。
2.大麻草を加工した製剤
 THC単体 マリノールなど、経口投与
 CBD単体 エピディオレックスなど、経口投与
 THC+CBD混合製剤 サティベックスなど、口腔内スプレー
 大麻草抽出物 民間薬で様々なもの流通 気道、口腔内、経口投与など
大麻の成分は脂溶性で水に溶けないことから点滴投与はあまり行われません。
注)マリノールは厳密に言うと合成品で日本の法律では医療用大麻に含まれませんが、世界的には大麻製剤とみなされており、また大麻の有効成分THC(trans異性体)と化学的には同一のため記載しています。

大麻って怖くないの?

医療大麻の副作用や社会に対する悪影響を心配する声は大きいでしょう。日本国政府は大麻が覚せい剤やヘロインなどと同様に恐ろしいドラッグであるとして厳しく禁止しています。
実際には医療目的で用いられる場合に、重篤な副作用が起こることはまれとされています。THCを含む製剤で多い副作用はめまい感、独特の陶酔感、心拍数の増加、食欲増進などです。また心血管系に問題がある人で虚血発作が増えるのではないか、薬物相互作用があるのではないか、精神疾患が増えるのではないかなどの懸念がされていますが、多くの人では問題がないようです。
依存は10%程度で起こるとされていますが、アルコール、煙草、オピオイド系麻薬より低く、大きな心配はいらないでしょう。特に医師の管理の元で使用する場合には問題がないと考えます。
また、現行では嗜好目的の大麻は違法でありドラッグとしての社会への流出には注意が必要です。

医療大麻はどのように用いられる?

使用される状況は様々です。

1.医師が処方し患者に投与する場合。
 病院を受診し医師の診断の元で投与されるパターンです。
これがおそらく日本国で第一に想定されているやり方と思われます。この場合は薬剤の品質が一定であることから、製薬メーカーが製剤化したもの(エピディオレックス、サティベックスなど)がメインとなるでしょう。また、臨床試験で効果が証明されている病気に対して用いられるでしょう。
具体的には、小児難治性てんかんに対するエピディオレックスは効果が高く副作用も容認できることから、日本でも認可のための臨床試験を早急に行い、保険医療で使えるようににすべきです。
また、標準治療で良くならない慢性疼痛や多発性硬化症の痙性を伴う痛みに対して、サティベックスも有望と考えます。
病院で取り扱う場合は、薬の管理区分をどうするか話し合う必要があるでしょう。大麻は現状では違法薬物であることから、陶酔成分であるTHCを含むものは医療用麻薬に準じた厳しい管理が求められることとなりそうです。一方でCBDはそこまで強い管理は求められないと考えます。
2023年11/4追記 大麻、THCを含む大麻製剤は医療用麻薬と同様の規制を受けることとなりました。一方でCBDは大麻でも麻薬でもなくなりましたので通常の医薬品のように取り扱われることなりそうです。

2.一般医薬品として薬局で購入して使用
患者が街のドラッグストアで購入し使用するパターンです。風邪薬や胃薬など薬局で購入しで使ったことがある人は多いでしょう。それと同様のケースです。
大麻草やTHCを含む製剤では難しいと考えますが、CBDは現在も街中で売られていることから、ドラッグストアで一般医薬品グレードのCBDが販売される可能性があります。CBDには抗てんかん作用があり、またリラックス作用もあるとされています。CBDの取り扱いは現在無規制となっており、品質の保証のないものも出回っています。CBDの区分は今回の法改正を受けておそらく医薬品(2023年11/4追記 CBDは麻薬でも大麻でもない医薬品となりました)となりますが、医薬品の中でも食品としても販売してよいというリストがあり、一部のCBD販売業者はそのリストに入れるべくロビー活動しているようです。

3.大麻草自体を医薬品として使用
カナダや米国のいくつかの州は大麻草を医薬利用することを認めています。特にカナダでは政府が認可した製造会社が医薬グレードの大麻草を製造販売しています。
使用目的は慢性疼痛が最も多く、その他多発性硬化症、抗がん剤による吐き気、PTSD、癌などです。また不眠、不安と言った症状にも用いられています。
北米ではそもそも大麻草が嗜好品として広く国民に経験されており重大な犯罪行為であるとは考えられていません。事実、カナダやアメリカのいくつかの州では合法となっています。
そのような地域では以前から民間薬として大麻草が使われてきた歴史があり、1990年代後半から法改正が行われ、合法的に医薬品として用いることが可能となっています。
しかし、大麻草自体は品質のばらつきがあり、また喫煙という摂取方法は標準医療にそぐわないところがあります。医学的エビデンスに基づいた治療というよりは民間薬として患者の自己治療の権利として行われている面が大きく、病院で行われる標準医療とは異なります。
そのため薬局で取り扱うような医薬品とは別のやり方で販売されています。医師が診断書や処方箋に準ずる書類を作成し、大麻をメインで取り扱う大麻薬局(ディスペンサリー)で処方してもらうというやり方です。
これはそもそも大麻がそんなに悪くないという文化圏でのやり方で、現在の日本国ではなかなか考えられない状況でしょう。しかし、日本と文化的な交流が多く、また民主主義国家としての理念を共有している国で行われていることですので、間違ったやり方として否定することはできません。特に、患者の自己治療の権利について日本では立ち遅れており、患者が大麻草で病状がよくなるため用いたいという希望を違法として却下することが国家権力として正当な行為なのか、今一度考える必要があるでしょう。

参考文献)カナダにおける医療用大麻の実態 鈴木勉
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2017/173041/201724019A_upload/201724019A0006.pdf

では今後どのようなやり方がよいのか?

北米のシステムについて前の項で記載しましたが、大麻先進国の北米と我が国の状況は大きく異なり、いきなりそのシステムを持ち込むのは拙速でしょう。おそらくは製薬会社が製造した医薬品グレードの大麻製剤から用いられるものと考えます。
お隣の韓国は「医療用大麻を解禁」していますが、マリノール、エピディオレックス、サティベックスに限っているようです。日本国も同様になると予想されます。
まずは、海外である程度エビデンスが明らかである疾患に対して、本邦での保険承認のための臨床試験を行うことが第一と思われます。すぐに必要な人にまず届けることが重要です。
まだエビデンスが明らかでないが有望と考えられる疾患、例えば神経難病などに対してなどで日本発のエビデンスを作っていくことも重要でしょう。
また日本の製薬企業の開発力を生かし、新たな薬剤の開発も行われればよいと考えます。

大麻草の個人使用が社会でもっと普通なこと見なされれば、大麻草自体の医薬利用も行われるようになるでしょう。その場合は、ちょっとした不眠や痛みなどに使うといった民間薬的な使用も行われると思われます。
私はリベラルな考えを持っており、医学的エビデンスから大麻草の害は従来言われているほど強くなく、自傷他害のない個人使用者を逮捕することはやりすぎである、と考えています。また、人が自己治療目的で大麻を使う権利を禁ずるべきではないと考えます。
しかし日本社会の多くの人は大麻が悪魔のドラッグである、と考えているようで、私のような考えは異端とみなされるでしょう。
近年は嗜好大麻が合法化される地域も増えてきており、そこから実際の害はどの程度か科学的データが積み上がってくることでしょう。それをもとに日本国でも規制を見つめなおす議論が起こればよいと思っています。

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