なぜ不登校になったのか


不登校になったのか

不登校になった理由を書きますが、詳細に書くと学校の先生が特定してくるので、ウソか適当に書きますので、「辻褄があわないな」なんてあったらこのせいです。(教員が生徒のインスタなど特定したのは本当です)

事件発生


私が中1の時、遠足のようなもの(関東の方にいうと、12月~1月にかけて行うスキー学習のようなもんです。)に行ったとき、1泊2日で行きました。初日の夜に学年全員で遊ぶ?ような時間がありました。その時Aさん(被害者)の顔にボールがあたり、ボールの来た方向を見ると、私がいました。Aさんは私がやったのだと思い、先生に報告されました。

先生からの報告

担任に呼び出され、部屋に行くと、「あなたがAさん(被害者)の顔にボールを当てたよね?」と言われました。私はやっていないので、きっぱり「やってない」と答えましたが、担任が「証拠があるから」と言われ担任の圧に負けて、「やりました」といってしまいました。今思えばやってないを貫き通せばよかったものの、中1で先生の圧が怖く、言ってしまいました。先生が「後で話し合いね」言われ、部屋を出ました。

報告~話し合い前まで

報告が終わった後、友人に相談したところ、「先生の性格ゴミだね」とか聞きました。そのあと何事もなかったのように入浴、夕食が終わったが、いつもより目つきが違く怖かったですね。どの先生も注意深く見てましたね。就寝までの自由時間に呼び出されました。

話し合い

担任と私一緒に階段を降り、話し合いスペースでAさん(被害者)を抱え込んでいる学年主任がいて待っていました。最初、私は「やっていない」といったが、担任が「さっきやったっていったよな?なんで意見が変わるのかな?」といい、学年主任も同じようなことを言いました。そのあとに学年主任が「Aさんが自分の子供だったら、、、」みたいな話をしてましたが、流石に3年前の話なのでわすれました。最後に正式に謝罪をし、部屋に帰りました。2時間くらい話し合いをしていて、みんなより就寝が1時間遅れました。

後日談

先生との話合い

あの事件が起きて以来、学年主任と担任が嫌いでしたが、2年生になってやっと嫌な生活から解放されると思い、少し喜びましたが、最悪なことに同じ学年になりました。しかも最も最悪なことに担任も同じでした。

学年主任に「あの事件の犯人は違う」と言って、再調査をしたが、1年の時が経っており、犯人は見つからなかった。さすがに1年もたっているから仕方ないと思ったが、担任、学年主任による冤罪事件を認めてほしいので、再調査をお願いした。その結果冤罪を認めたが、担任は本当に心から謝罪してるの?っていう感じの謝罪でした。学年主任は心から謝罪していることがわかったので、許せました。

不登校の始まり

こんな人といたくないと思い、登校拒否を始めた。
塾の先生が「高校行くなら、テスト受けないのはやばい。1点でもいいから取ったほうがいい」と言われ、渋々学校へ向かった。テスト監督が技能教科の先生で基本会わなかったが、残り2つのテストの監督が学年主任と担任だった。学年主任は私が担任が嫌いなことを把握しており、そっと担任のテスト監督を別の先生に変えてくれた。本当にうれしかった。

不登校終わり

新しい年度に代わるため、今年はあの担任来るなと思い、クラス替えの表を見たところ、見事嫌いな担任はいなく、生徒思いの先生が担任になった。やがて不登校をやめて、学校に行くようになりました。

こんな長文見てくださり、ありがとうございます。
ぜひコメントなど待っています。

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