憶えやすく思い出しやすいUI
ユーザーが使いながら使い方を学べるUIは理想的だ。では、学習できるUIとは、いったいどんなものだろう。
それを考えるためには、人間の学習の仕組みを理解しなければならない。学習とは、経験や知識からその後の行動が変わることである。そこには、経験から得た情報を記憶し、思い出すことが中心にある。
そういうわけで、私たちが普段どのように記憶しているかについて、わかっていることから紐解いていこう。
どのようにして憶えるか
過去の経験でも本で読んだ知識でも、利用するためにはそれを記憶していなければならない。しかし、記憶にもいろいろな種類がある。
たとえば、眼や耳などから入ってきた感覚をごく短いあいだ記憶する感覚記憶、そして、情報を一時的に保持する短期記憶と、短期記憶の情報を処理する動作記憶(ワーキングメモリー)、それから、いつまでも記憶に残っている長期記憶だ。
記憶の仕方はこんな感じだ。まず、眼や耳が感じた刺激のうち、注意が向けられたものは情報として短期記憶に保持され、ワーキングメモリーで処理される。ワーキングメモリーで情報がどのように処理されたかが記憶の保持に関わる。
たとえば、買いものに行くときに「牛乳、卵、納豆……」というふうに、覚えておきたい情報を何度も繰り返し唱えつづけることで、しばらくは思い出すことができる。
しかし、ただ機械的に情報を反復するだけでは、長い間憶えておくことはできない。情報が長期記憶に定着するためには、情報を符号化、精緻化する必要がある。
精緻化とは、憶えるべき情報に別の情報を関連づけながら長期記憶に統合していく処理である。たとえば「いい国作ろう鎌倉幕府」のような語呂合わせや、「桃から生まれたから桃太郎という」というように意味を付け加えて有意味化する方法がある。
憶えやすいUIの作り方
さて、私たちがあらゆる活動するうえで記憶は欠かせないことがわかってきた。さらに、ワーキングメモリーの処理資源には限りがあるため、UIにおいても、長期記憶を利用して操作ができるにこしたことはない。つまり、使いやすいUIは、人間が憶えやすく思い出しやすいUIだといえるだろう。
そこで、どのようなUIが憶えやすいのか、私たちが普段からしている記憶の仕方から探ろう。記憶の仕方は、ワーキングメモリーでどのような情報処理を行うかにかかっている。
意味を与える
まず、「桃から生まれた桃太郎」のように、憶えやすい意味を付け加える有意味化である。
UIでいえば、たとえば「Macシステムを終了したりするときはAppleマークを押す」のような、アイコンや処理に対する意味づけにあたると考えられる。
分類する
つぎに、関連する情報を分類して憶えたり思い出す体制化がある。たとえば、「ねこ、初音ミク、山手線、うさぎ、小田急線、ピノキオピー」を憶えるときに「初音ミク、ピノキオピー、ねこ、うさぎ、山手線、小田急線」のように分類して憶えていることが多い。
UIでいえば、ナビゲーションメニューでカテゴリーを上位概念でまとめて表現したり、ユーザーの関心の高いデータを組み合わせてオブジェクトにしたりすることなどだろう。
意味を関係づける
最後に、個々の情報の意味を関係づけて整合を取りながら憶える構造化である。たとえば、歴史の年号を丸暗記するよりも、歴史的事象を追いながら全体の流れを俯瞰する学習法のほうが長期記憶に維持されやすい。
UIでいえば、ユーザーが行うべき仕事の内容とシステムでの操作が関係づけられるなど、ユーザーの利用目的や利用環境にも関係するだろう。
一般的に、憶える量が多くなるほど憶えにくくなるといわれているが、必ずしもそうではない。情報と情報が関係づけられ、構造化されることで、むしろ憶えやすく思い出しやすくなる。
なぜUIを憶えてしまうのか
そもそも、なぜ私たちはUIを操作しながら憶えてしまうのだろうか。それには、私たちにもともと備わっている好奇心と向上心が関係している。
まず、好奇心とは、新しい情報を求める内発的な動機づけである。人間はつねに情報刺激を求めており、情報が少ない環境には適応できないといわれている。一方で、目の前が情報にあふれていても、それらが理解できなければ、情報がない状態に置かれて苦痛に感じてしまう。
そして、向上心とは、できることそのものに喜びや楽しさを感じる自己目的性のことで、遊びともいう。何かをやることそれ自体に楽しさを感じ、何度も試行を繰り返すことで新しい身体感覚と技能を獲得していく。
つまり、使いながら憶えてしまうUIは、人間にとって理解可能な情報を与え、使うことで新しい感覚をもたらしている。そして、そのようなUIを作るためには、人間にとって憶えやすい情報設計をする必要がある。
そういうわけで、憶えやすいUIを目指すことが、ユーザーの学習を生かすUIへの足がかりになるかもしれない。