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軽やかな夏を過ごす為に今できること

私と娘の暮らしは慎ましやかながらも、毎日平和に豊かな心で過ごせている。

食生活はかなり改善された。

次に着手するのは、衣類や寝具やタオル類だ。

今住んでいるマンションに引っ越ししてきて3年目に突入しているけれど、強制退去の時は ほぼ着の身着のまま状態で、適当に近くにあった衣類をバッグに詰めて、追われるように前の家を飛び出した。

娘は大好きなHey! Say! JUMP関連のものだけをトランクに詰め込み、後はワンコのこゆきを抱っこして連れ出すことで精一杯、自分の衣類なんて全く気が回らず、全部一から買うしかない状態だった。

そんな私たちを見かねた母が、まるで元々用意していたかのように、娘に合うサイズの服を沢山譲ってくれたのである。

そのおかげで、このマンションでの生活がスタートしても、困ること無く、母からの愛を有り難く受け取り、残っていた現金は、家賃や光熱費やスマホ料金を優先して、1年間は楽しく暮らせた。

そして最も苦しい昨年、何もかもうまくいかず、両親からは責められ、もう生きていくのが限界となるくらい精神は追い詰められた。

そうしてまさかの生活保護を受給できる流れになった昨年末。

私たちは、先ず支払う必要のある滞納していた光熱費を完済して、スマホも契約し直し、毎月の家賃もちゃんと支払えるようになった。

大好きなお米も購入できる、私たち好みのスーパーがあちこちに存在してくれて、おかげでリーズナブルで新鮮な食材が手に入る有り難い暮らしになった。

そして最近気づいた、自分たちが着ている衣類が劣化して、破けたり毛玉が酷かったり首周りがヨレヨレになったことに。

娘は肌が弱く、古くなった衣類がチクチク刺激して、余計に肌が痒くなっているらしい。

この見える現実は、私の思い込みが映像化している、だからいつまでも古い衣類を纏っていたら、それは執着となり、新しい風が入って来るのを妨げる原因になる気がした。

でもなかなか実行に移せなかった、私は母からもらった衣類や寝具や道具たちに、母の愛を無にして 断捨離するのは申し訳ないと罪悪感を持っていたのである。

その罪悪感に気づけたことで、停滞していたエネルギーが動き出す予感がしている。

実際に、私と娘はやっと重い腰を上げて、新しい衣類を購入することを決めた。

生活保護を受給するような立場の私たちが、新しい衣類なんて贅沢過ぎる、ボロボロの衣類が相応しい、と自分に我慢をさせてきた私。

そういう思い込みを握り締めている限り、ずっとこのままの状態が続くだけだ。

私は大切なお金をできるだけ残して、安心感を得たかった。

娘だけ新しい衣類を購入して、私は節約の為に我慢する方がいいと思っていた。

そんなのおかしい!

それは余りにも私が可哀想、私だって新しい衣類が欲しい!と本音が出た。

やっと私は自分に新しい衣類を与える許可ができた。

このことで、私は相当な無価値感を自分に植え付けてしまっていたことに気づいた。

気づいて手放すを何度も何度も繰り返しても、まだまだ現れる無価値感、その握り締めているものを認め、もう自分に必要無いから手放そう!と決めて、感謝と共に宇宙に放つ、いつも根気よく気づいて手放すをやり続けた。

これが今の私の仕事だと思っている。

とにかく脳に組み込まれた根強い思い込みを、一つ一つ気づいて手放す、それをやり続けた時、突然凄い景色が現れるのだろう(これもある意味思い込みかもしれないけど)。

ゲームのように楽しんでやっていくつもりだ。

もう直ぐそこに夏は来ている(と言うか もうこの猛暑は夏真っ盛りなのかも💦)。

この夏を快適に軽やかに過ごせるように、私は重たい荷物を手放していく。

私が私を見捨てず、愛を注ぎ続ける限り、この見える世界は輝いていくと信じている。


ここまで読んでくださって感謝します。

幸せをありがとうございます✴️








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