見出し画像

小説「投稿者の名はキャリアちゃん」(おぼん・ライン・ほし)

三題話の今回テーマは「おぼん・ライン・ほし」とある。
三題話というのは、題が3つ出され、それを文章の中に織り込んで物語なりエッセイなりを考えるという私が参加している小説サイトのイベントの一つだ。

3つもの指定された言葉を織り込んでの制限を受ける話など最初は無理だと思ったが、何度か経験するうちに、面白くなってきた。
また他に参加する作家たちの話が興味深かった。
同じテーマにもかかわらずその内容やスタイルが千差万別で驚きを感じ良い刺激になる。

さらに、プロットも何も浮かばず書けなくなる時など、テーマを与えられることで不思議にペンが進んだりすることも経験した。

今回はしかし、どうしても思い浮かばなかった。
パソコンの前で頭をひねる。
仕事の時も寝る時も、テーマが頭のどこかにひっかかって離れない。

その日、付き合いで参加した保険会社の講演会のテーマが、数日前に行った法人会の講演会のテーマと一緒で内容もほぼ同じなので途中から飽きてしまった。かといって途中からは抜けられない。

講演内容の資料を検索するふりをして、書類の間からタブレットを見ていた。

TOP画面にイラストで描かれたキャリアウーマン風の女の子がウロウロする姿が出る。
【私はキャリアちゃんです。何かお探しですか? お手伝いしましょうか?】と吹き出しに書かれてある。
普段はよく見もしないで次の画面に行ってしまうし、検索も自分で行うので使ったことは無かった。

ふと――キャリアちゃんは、なんでも手伝ってくれるの?――と打ってみた。
【はい、できる限りお手伝いします】とテロップが流れる。

「へ~最近のソフトは良く出来ているのだな」と思いながら、
――『おぼん・ライン・ほし』という三題で短編小説を書きたい――とタイプしてみた。

【時間が必要です】と出る。
しかし瞬時に、「おぼんとは……」「ラインとは……」「ほしとは……」と
辞書から検索したような言葉が並んで表示される。

次に3つの言葉の入った文章のサイトが時間を置かずにズラズラと並んだ。「なるほどね」と納得したところで講演会が終わったので、慌ててタブレットを閉じた。
懇親会も付き合ったので、帰りが遅くなった。星がたくさん出ていてお盆のような丸い月が美しい。時間を見ようとタブレットを開く。
TOP画面にイラストのキャリアちゃんが出てきた。【私はキャリアちゃんです。三題作品完成しました】とあるではないか?

え? うそ……私はキャリアちゃんの指さす方をクリックする。
そこには、優れた小作品があった。

――これはキャリアちゃんが考えたの?――と打ってみる。

【データの中から文学作品の人気の部分を選択し、作成してあります】とでた。

――ふーーん、でもこの作品盗作ではないでしょうね?――と打ってみると

イラストのキャリアちゃんが怒った顔の画像になり【全世界の作品の閲覧をしています。プンプン】と手を腰に当てて怒っているしぐさがかわいい。

――ごめんなさい。この作品本当に面白いわ――

【私はキャリアちゃん。許します。ほめてくださってありがとうございます。他に御用はありませんか? では失礼します】キャリアちゃんは消えた。


もう一度読んでみた。面白い。私の書き方に少し似せてあるところがまたおかしい。
私は自分で浮かばないこともありその作品を小説サイトに送った。いつもの仲間たちが驚くだろうと思うと一人で笑えてしまう。
後で種明かしをすればいい、そう思っていたのに……。

なんとその作品が某有名編集者の目に留まり、大型新人現るなどとあれよあれよという間に短編新人賞をうけることになってしまったのだ。
ほんの趣味で書いていたことがとんでもないことになった。
テレビや雑誌のインタビューをうけたりして、私はすっかり舞い上がってしまった。

次から次にエッセイやら次の作品のオファーが舞い込んできた。本来の仕事を辞めて作家生活に入らざるを得なかった。
だが、貧困な頭脳とセンスしかない私のキャパが膨大な仕事量に耐えられるわけもない。
趣味と仕事はそもそも違うのだ。

タブレットのキャリアちゃんの助けが必要だった。

【私はキャリアちゃんです。何かお探しですか? お手伝いしましょうか?】

――お願い、私の経歴から何かエッセイを考えて――
――お願い、「再生医療」という題で推理小説を書きたいの――

私の要求はとどまることが無かった。
タブレットのキャリアちゃんも、次々にすぐれた作品を編み出してくれた。

3年後、私はいっぱしの作家になっていた。
その一方で、キャリアちゃんの作品は、似たようなものが出て来るようになった。

――え? この作品、前の前の作品と似ているわ。キャリアちゃん、これはダメね――

【私はキャリアちゃんです。ダメ、と言ったら怒ります。プンプン】と手を腰に当てて怒っているしぐさをする。
以前は可愛かったが、いまはそんなこと言っていられない。

――だってダメなものはダメなの! この間のにそっくりなんだって!――

【………………】

――キャリアちゃん! キャリア! おい、返事をしろ! もう締め切りが明日なんだよ! タブレット変えちゃうぞ!――

ダメだった。
キャリアちゃんの返信がないどころか、タブレットが動かなくなった。

仕方がない、明日新しいものを買いに行こう。新しい「キャリアちゃん」に頼めばいいや。
そう思っていたのに……。

次の日から地獄が始まった。

なぜなら、私とタブレットの主「キャリアちゃん」との会話がネットにすべて公開されていたのだ。

激しい非難と攻撃、自宅玄関のベルはなりっぱなしになった。
私は恐ろしさの余り部屋に閉じこもった。

テーブルの上に電源が切れてすっかり止まっていたタブレットにライトが付いた。
Lineの無料電話がけたたましく鳴った。

誰から? 私は恐る恐る「会話」の画をクリックする。

【私はキャリアちゃんです。何かお探しですか? お手伝いしましょうか?】

私は悲鳴を上げていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?