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『おくのほそ道』を詠む⑩


佐藤庄司が旧跡

月の輪のわたしを超えて、瀬の上といふ宿に出づ。

佐藤庄司が旧跡は、左の山際一里半ばかりにあり。

飯塚の里鯖野と聞きて尋ね尋ね行くに、丸山といふに尋ねあたる。

これ、庄司が旧跡なり。

梺に大手の跡など、人の教ゆるにまかせて泪を落とし、またかたはらの古寺に一家の石碑を残す。

中にも、二人の嫁がしるし、まず哀れなり。

女なれどもかひがひしき名の世に聞こえつるものかなと、袂をぬらしぬ。

堕涙の石碑も遠きにあらず。

寺に入りて茶を乞へば、ここに義経の太刀、弁慶が笈をとどめて什物とす。


笈も太刀も 五月にかざれ 帋幟


五月朔日のことなり。

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義経の太刀と聞いて思ひ出すのは、子供の頃、家にあった短剣の飾り物だ。

その短剣は、母親が、働いている派遣会社の社長のNさんに貰ったものだった。

しっかりとしたケースに収められていて、柄の部分の装飾は白かった。

本物ではないが、ずいぶんと迫力のある外国の剣だった。

かっこいいなとは思ひつつ、なぜか自分の身近には置いて置きたくない感覚があった。

そのNさんは、道楽者で、いつも事務所として使っているマンションに遊びに行くと、家の中で小型の飛行機を作っていた。

人間より一回りぐらい大きな飛行機で、実際に飛ばせるものだ。

ばかでかい木を自分で削って、塗装して、エンジンをつけていた。

ボトルシップもたくさん飾ってあった。

スポーツカーの飾り物や実際に動く小型の機関車もあった。

撮影のできないドローンのようなものもあって、遊ばせて貰った。

男ってそういうものが好きなのだ。

瓶の中で 果てることなし 帆船(ほぶね)かな

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