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上品であるということ

 寒くなってきて、人々の予想通り流行性の感染症にかかる人の数が増えてきました。今年は人々の感染対策の意識が高く未だかつてないほどの手立てを講じていますから例年ほどではないのですが、そしてCOVID-19に限らず、おそらく呼吸器系のウイルス感染症は晩秋から少しずつ増えていくと思われます。この記事を書いている11/21現在、COVID-19感染者数もこれまでになく増えてきています。

 横浜港停泊中のダイヤモンドプリンセス号の中で大規模な感染が起こって大きなニュースになってから、、、約9ヶ月が経とうとしています。

 まだ一年経っていません。こんなに短い期間とは思えないくらい、世界が急激に変化してしまいました。

 そう、ここでいう『世界』とは。『常識』や『社会通念』と置き換えると私の意図するものが伝わりやすいかもしれません。

 とはいえ日本の美しい四季は変わらず訪れているし、生きとし生けるものの織りなすArtは世々限りなく美しい。人々の温かさだって大きく変貌したわけじゃありません。良くも悪くも生真面目な国民性も変わらないし、殺伐としがちな中にあっても憎み合うより笑顔を大事にしている様子もきっとそんなに変わっていません。私の住む街の人々の温かさは一年前とほとんど何も変わっていませんもの。

 でも。どこかで『普通』や『常識』の概念が大きく変貌しましたよね。せざるを得なかったというか。

手洗いの回数
手指消毒の習慣
マスク着用
換気の徹底
ソーシャルディスタンスの取り方
人との会話の仕方
街中でも当たり前のように体温測定
etc.etc

 みんなが懸命に対策を取ることは素晴らしいことです。COVID-19が怖い病気であろうがなかろうが、罹らないにこした事ありません。病気なんて誰だってなりたくないのですから。

 自分自身のため、そして大切な人たちのため、個々に心がけている社会は温かいと思うし、底辺に流れるものとしては思いやりに溢れていると思っています。


 ですが、『社会通念』がこんなに短時間で急激に変化したことによってその通念に合わない考え方の人を排除しようとする動きが出始めたのもまた事実。

 巷に『こうしなければならない』が急激に溢れ、しない人、もしくはできない人への叱責や非難が渦巻き、社会が混沌としてしまいました。それは今なお現在進行形です。

 マスクをしない人が非難されたり、大声での会話が非難されたり、都会に遊びに出かけたら後ろ指指されたり。お料理を大皿で出すことも今や非常識だし、消毒や体温測定に応じないなんて非国民・非常識!ってなっちゃいます。

 もちろんそれらは、今はこの未知なるウイルスに対する感染対策の一環かもしれないけれども、ちょっと視野を広くしてみてみれば、これまで、そう、COVID-19出現以前だってさまざまな国の文化や衛生環境や社会情勢に応じてマナーとして我々が学んだり他人に対して『心地がいいように』『気分を害さないように』配慮してきたことと同じく『社会の中で人が不快に思うことをしないでおきましょうよ』という道徳的範疇のものではないでしょうか。

 ルールって多くの人が共に暮らす社会の中で人々ができる限り心地よく過ごせるためにあるはずです。

 食事のマナーもそう、冠婚葬祭のマナー然り。


 【マスク】

 我が娘なっちは肌に触れるものへの強い抵抗があるためマスクができません。帽子も手袋もできません。靴下だけは履けるようになりましたが、それだって同病者の中には履けないお友達もいます。なんとか頑張って頑張ってフェイスシールドをつけて数分程度過ごすことができるように練習しましたが、それでも、歯科治療のために病院に行くと『フェイスシールドをしていてもマスクの着用をお願いしています!』ときつめの口調で言われてしまうと、一生懸命この社会の一員としての役割が少しでも果たせるようにお稽古したこと全てが否定されたような気持ちにさえなり、落ち込みます。

 『マスクをしてくださいと言わないで!』と言っているのではありません。言い方を工夫してくださいって思うんです。


【アルコール消毒】

 レストランでも、入店時にアルコール消毒をお願いします、と言われます。お願いされたら誰だって『はい、了解!やります』って思っています。でも、最近はそう言うことに慣れてしまっているのか店員さんの中には命令口調の人もいます。そして、もう一つ踏み込んで配慮が欲しいと思うのは、実は一定数アルコールが体に合わない人もいるので、『アルコールは大丈夫ですか?』という声かけをしていただけると尚ありがたかったりします。実は、アルコールが体質的に合わない人は、ご自身が使用できる消毒液を持っていることが多いです。ですから、それを使用するのでも構わないはずです。それがなかったらハンドソープと流水で洗ってもらっても十分ではないでしょうか。

 日本が本当に、お客様の気分を害さないサービスの国、おもてなしの国だというならば、

『アルコール消毒しないなら入ってもらったら困る!』という気持ちで言うのではなく、『アルコール消毒大丈夫ですか?してから入店していただいてもいいですか?』くらいの配慮があってもいいと私は思います。


【体温測定】

 体温測定が巷で当たり前に行われていて、その数値を他人に知られることを誰も【センシティブな情報】と捉えていないことにも私は少し違和感を持っています。

 この半年で、医療機関や飲食店でガン型の非接触体温計を無言で向けられたケースが何度かあります。その行為そのものが失礼極まりない事だと思いますし、その行為で知ることのできる数値はもっと大切に取り扱われないければならないセンシティブな数値であることにもっと配慮されなければならないと思います。

 いろんな事情で、体温の数値に一喜一憂している人が実はいるのです。血圧などもそうですよね。COVID-19流行中だから仕方なくそのセンシティブな情報を否応なく開示させられていますが、実は開示しなければならない義務は本当はないはずです。(だから開示しなくていいのだと大口を叩いているわけではないことをご理解ください。あくまでも『義務』はないのです、という話です。)

 なぜそんなことを言うかというと、ひとつ例え話をしたいと思います。

 妊娠可能な年代の女性には生理があります。今日が生理であることって別に他人に知られてもいい情報かもしれないけれど、開示しなければならない情報ではないと思いませんか?隠すことでもないけど、話すことでもないですよね。月経困難で配慮を必要とする状態だったら、周囲の方に話すことはやぶさかではないけれども。

 そして、女性にとって体温というのは、1℃未満の僅かな差異ではありますが高体温期と低体温期が入れ替わることでホルモンが変化し、排卵したりそれが受精されずに流れて生理になったりを繰り返していることを示す重要なバイタルサインなんです。それを基礎体温といいます。生理不順であるとか妊娠を望んでいるようなとき(あるいは望まないとき)朝一番の基礎体温を細かくつけて一喜一憂している女性は少なくありません。

 基本的に起きてすぐ測るのが女性の基礎体温ですからこれから書くことは厳密にいえば違った意味合いにはなると思いますが、例えばこういうことも考えられますという例え話をします。

 毎日同じ時間に通勤していて、守衛さんのいる職員通用口で毎日体温測定をして毎日チェックを受けているとしましょう。その方の高体温期と低体温期は記録されているわけです。ここ2週間高めだった体温が0.5℃下がっている、これが何を示すのかと守衛さんは想像することができてしまったりする、、、、、。そう思うとどうですか?たかが体温って思えるでしょうか?

 かと言って、『体温測定そのもの』を否定しているわけではないのです。今はその情報をできれば開示していただきたい社会の状況なわけです。

 だからこそ、こんなセンシティブな情報を開示してもらっているんだということをきちんと分かった上で『測らせてください』『教えてください』と願いを乞う社会だったらいいなって思うわけです。それこそが人権への配慮ではないでしょうか。

 無言で体温計を突きつけてその個人情報を是も非もなく奪い取ろうなんて非常に野蛮な行為だと私は思います。

 

 世の中が急激に変化し『常識』や『社会通念』そして我々が何気なく使っている『普通』っていう表現が持っている意味が揺らいでいます。それらが多くの人々の共通認識として一致させることが難しくなっている昨今、今こそ、本当のおもてなしの行為か否か、心を込めて人を大切にしている行為か否か、個々人の【思いやり】が試されているのかもしれません。


 マナーに則って、社会の中で皆さんと過ごす際に他人に不快な思いをさせる事なく笑顔で過ごすことのできる人を『上品な人』と言いますが、『上品な人』とは決して単にマナーが守れるとか決められたお行儀行為が行えるとかいうだけでなく、他人に対して思いやりを持って何事にもちゃんと心を込めることのできる人なのだと思います。

 そしてそういう上品な人は、決してマナーの型にはまった人ではなく、『これができない人はもしかしたらできない理由があるんじゃないかしら』と慮ることができる人なのかもしれません。

 体温を教えてくれることにためらいがちである人には、その人にしかわからないそれ相応の理由が、マスクができないなっちにはなっちの理由があるんです。そのことに想いを馳せた言葉掛けがなされる社会なら、しんどい思いをする人が少し減るんだけどな、って思うんです。

 

 こんな大変なコロナ禍で何馬鹿なこと言ってんだ!?そんなことにいちいち構ってらんないよ!って声も聞こえてきそうですね(;'∀')

 でも、私はこの国ってそれができちゃう国民性かも、と思うんです。言わずもがなの推し量る文化。慮るのも得意じゃないですか。忖度なんて流行語もあったし😅

 おもてなしの国。

 今は確かに混沌としかけているけれども…。それでもやはり、私の身近な地域社会には上品な人が多い、私はそう思っています。

 少なくとも私自身は、さまざまな立場の人の気持ちを慮り、配慮ができる【上品な人】を、一生かけて目指していきたいと思うのです。

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