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【小説】鳥かごの外は。。。#4

顔を合わせないから、深い仲になるわけもない。そう思っていたら、なんだか気軽に受け答えできた。

実はアキラは気が弱く、ナンパなどはしたことがなかった。今までの恋愛も、自分から告白して付き合った経験はあまり無かった。失敗することが恥と教育されてきたところがあり、その影響がかなり強かった。だから、何度断られてもナンパをしていく男性のことが理解できなかった。

だが、ネットの世界はバーチャルなため、全く気にしなくていいところがある。それでもアキラは自分からは話しかけることはなかった。

幸いにして先方のアバターから話しかけられた。
異性のアバターで可愛らしい。

所詮借り物の姿であることは理解しているものの、そのアバターが気に入った。
イメージからは想像もできなかったが、アキラより5歳近くも歳上だった。

「こんにちは。スポーツお好きなんですね。」

そんなところから会話が始まった。

お話し好きなのか、話のやり取りが全く苦にならず、どんどん話が弾んだ。アキラは、初めてのことだったので少し驚いたが、会話の楽しさから時間を忘れて没頭した。
知り合ってから、連日のようにアバターで話すようになった。

会話がとっても楽しい。

アキラは疲れているにもかかわらず、ほんの少しでも時間を作るようになった。
深夜残業になった場合は深夜にメッセージを残すようにしておいた。

どうしても彼女と話をしたい

今の自分に潤いがでたのは、その人との会話だから。そういう想いがこだわりとなって強くなる。

やがて、パワハラの部署も異動となり、勤務状態も人間関係も良好になっていった。
私生活に余裕が出てきたアキラは、彼女がアバターを操作するであろう時間にアバターを動かし始め、会話できるようにしていた。

彼女も同じように、時間を合わせるようになってきた。アバターをあやつり、いろいろなことができることを彼女から教わった。

二人で楽しむバーチャルの世界。。。

こんな世界があるのか!

話には聞いていたが、アキラは少し馬鹿にしていたところがある。所詮は仮想だろ?と。
何が楽しいのだ?

けど、実際に自分がやってみると、果てしなく楽しい。アバターにはいろいろな世界が用意されていて、その世界でいろいろなところに行ける。二人で疑似旅行をすることもできるし、ゲームやいろいろな着せ替えもできる。

アキラはどんどんのめりこんでいった。この娘となら、とっても楽しい毎日が送れる。
乾いた時間しかなかった日常に、オアシスができた気がした。

「彼女さんはいるの?」

いつも通りお話ししていた時に、不意に聞かれた。

既婚者の俺に彼女なんて。。。

もちろんアバターの彼女という意味なのだろうが、アキラは理解しつつも、やはりそこは一線超えてはいけないとリアルと同じ考えを持っていた。

「いや、いるわけないじゃん。俺は既婚だよ?」

「いないんだ?じゃ、私が立候補する!」

え。。。それって。。。

毎日楽しく会話して恋心が膨らんでいなかったわけではなかった。アバターも可愛いし、性格も穏やかでお話も楽しい。時間を合わせてなるべく話せるようにしてくれている。

でも。。。

「ちょっと考えさせて」

アキラは動揺を隠すように、返事を保留した。飛びつく気にもなれないが、この娘を手放したくない気持ちも強い。

リアルで独身同士なら即答したであろうシチュエーションだったが、あくまで既婚の立場。本来なら許されない状況だし、リアルなら即断っていた。それぐらいアキラは筋が通っていないことには抵抗がある性格だった。

それが、仮想空間というだけで、本来の自分のポリシーを失わせるきっかけになってしまった。

気軽に誰にでも話せ、失敗しても、嫌われても、所詮は仮の姿だから。。。リアルの自分とバーチャルの自分。。。二つの自分が乖離し始めた瞬間だった。






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