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いつかのメリークリスマス

大親友のSくんとの話。


友達とは困難を共にして、それを共に超えていく存在。そして助け合い、時には同じ目標を持って歩むもの。

Sくんはそんな事をよく言っていた。彼がなぜ僕を大親友と思っているのかは未だに分からない。

彼の話だと1回生の時に大親友になったという。そういうやり取りがあったらしい…彼とはそんなに話した覚えも無ければ、こちらから意識した事もない。

むしろ僕は彼の事が嫌いな部類の人間だった。勉強もできて、金持ちでイケメンという人生が何もかもイージーモードで上手くいく人間なのに、一切それを鼻にかけないのが無性に腹が立ち大嫌いだった。

そんな彼が、なぜかよく分からないけど、3回生の時に大親友になってしまった。バカと天才は紙一重というが本当なのかもしれない。彼は友情バカだった。

大親友になってから、僕は彼に集った。大抵のお願いは友情を絡めるとOKしてくれるSくんにお願いしまくった覚えがある。実家が病院のSくんの財力は底が無かった。

ご飯に行ったらSくんの奢り、宿題もSくんのを丸写し、参考書はSくんから貰って、キャンパス間の移動はSくんのチャリの後ろに乗っていた。挙句の果てには授業料を借金までした。まさにおんぶに抱っこ状態。

それでもSくんは大親友だからと言って何でもOKしてくれた。


そんなSくんに甘えに甘えていた大学3年の9月の半ばだった。

その日はSくんの家で、Sくんが作ったカレーを食べていた。Sくんはご飯をよく作ってくれた。トマトの入った謎のカレー。金持ちはカレーの具材も普通のカレーとは違うわけだ。

カレーを食べながらS君はピアノの発表会に出ると言い出した。

金持ちの習い事はピアノにバイオリンと相場が決まっているのか…そんな事を思いながら、発表会見に行くからね!と応援した。

『発表会は10月24日、それまでに頑張って1か月練習しようね!』

ほーん。頑張ったらええ。Sくんの趣味なんだから大親友は何も言わんで。

『曲目はいつかのメリークリスマスにしといたからね!』

ほーん。ん、なんで?

『はい、これ譜面ね!』

ほーん。ん?

『練習用のエレクトーン買っといたから今日から練習頑張ろう!』

ほー…ん?

『はい、これプログラム!』

そのプログラムには13時30分からのとこに、Sくんの名前と僕の名前が書いてあり、いつかのメリークリスマス(連弾)と書いてあった。

『連弾っていうのは2人で弾くことだよ!』

ほーん。


いやいやいや、一人で出るんじゃないの?そもそもピアノなんか弾いた事ないけど?そもそも、男二人でいつかのメリークリスマスを弾くの?

プログラム見たら僕らの前はショパンの幻想即興曲、後はリストのカンパネラ。この間でB'z弾くの?これで受付通ったの?


あのーすみません。ピアノ弾いた事ないんだけど?

『大丈夫!だから連弾にしといたから!』

いやー、無理でしょ。ピアノ習ってるわけじゃないのに発表会なんて…怒られるよ?

『大丈夫!市民ホールの企画だから!リレーコンサートだから誰でも出れるんだよ!』

パンフを見たら確かに…とある大阪の市民ホールで朝から晩まで出演者たちで、スタインウェイピアノを弾いてリレーで繋げるという趣旨のコンサートだった。

それにしても…プログラムを見たらガチ目な人たちが多いし、有名なピアニストも演奏すると書いてあった。

あのーSくんはピアノ上手いの?

『小学校の時に4年間習ってたから、少しだけ分かるよ!』

あかんやろ!ほぼ素人とド素人の2人組が出るんかい!!こんなの大ブーイングだろ!今からでも取り消ししてよ!!!

『なんで…なんでそんな事言うの?親友なのに…2人で頑張れないの?なんで…なんで…なんで…なんで…なんで…なんで…』

Sくんの持っているスプーンが折れてしまいそうだった。

…。

そう…こうなってしまったSくんはもう止められないのだ。小さいころから甘やかされて育ったおぼっちゃまのSくんは欲しい物は手に入れ、やりたい事は何でもやりたいのだ。

さらに、借金まである僕に断る術はないのだ…腹を括って、謎の土地で開かれる、謎のピアノのコンサートに出ないといけないのだ。


そこから、僕はただでさえ大変な学校の勉強の合間にピアノの練習をする事になった。

学校が終わったら今までは掲示板で男を漁っていたのに、学校が終わったらSくんの家に直行させられ、ほぼ軟禁状態でピアノを弾いた。

Sくんはとっても楽しそうだった。学校でも家でも僕と一緒に居られてとても楽しいと彼は言った。これが彼氏から言われるなら嬉しいかもしれないが…Sくんはバリバリのノンケでしかもデブ専。

もう毎日がどうにかなりそうだった。なぜクリスマスでもないのに、しかもなぜファンでもないのにB'zのいつメリを弾いているのか…。

いろいろ集ったせいで、こんな大爆弾を抱え込むことになってしまった。やはりタダより高いものは無いのだ…今度からこの人に集るのは絶対に止めよう。真面目にバイトもして生きていこう…慎ましい暮らしをしよう…そう決意させられた。

ところで…なぜB'zのいつメリを弾くのかをSくんに聞くと、僕が去年のクリスマスの時にローソンで流れてるこの曲を聞いて、すごくいい曲だと言っていたかららしい。



10月24日

どんよりした曇りの天気。僕たちは遥々京都から大阪のとある市までやってきた。

何の因果か、縁もゆかりも無い地で、冬でもない秋にB'zのいつかのメリークリスマスを弾かないといけないのだ。

出演の1時間前には受付をしないといけないので、11時には市民ホールに着いた。

受付を済ませて、客席で他の人の演奏を見ていると…なかなかレベルが高い。しっかりピアノを習っている学生、音大生や趣味でやってる高レベルの大人たちが持ち時間5分ですごい演奏を見せていた。

合間合間に小さい子供たちが出演して微笑ましい演奏を聞かせてくれた。

この雰囲気の中でB'zを弾くのか…

もうプレッシャーに押しつぶされそうだった。今からでも帰ってしまおうか…そんな事も考えた。なんで、こんな縁もゆかりもない土地で恥をかきに来ているのか…。


そうこうしているうちに13時。

出演者は30分前に受付に行き、練習室で5分間練習をしてから本番に挑む。

練習室で練習をして思った事は…エレクトーンと全然違う鍵盤の重さ。鍵盤がとにかく重いのだ…これだけでも十分予想外だった。

さらに、普段練習していた時はSくんの家のテーブルの上にエレクトーンを置いて練習していたため、少し高い位置に鍵盤があった。実際のピアノの鍵盤は少し低い…。

何から何まで想定外だ…僕は思わずSくんにダメかもしれない…とこぼした。


『大丈夫、カバーするから!』


Sくんはとても頼もしかった。彼も彼で小学校以来のピアノに悪戦苦闘していたはずなのに、すごく頼もしい。彼がとても凛々しく見えた。

5分間の練習もボロボロで係員のお姉さんに案内されるがまま舞台袖までやってきてしまった。

一体こんなとこで何をしているのだろう…。


13時30分。僕たちの番が来てしまった。

司会のお姉さんに2人の名前が呼ばれる。

舞台袖からピアノまで歩くまでに客席を見ると、無料観覧のためか500人の客席はほぼ埋まり、立ち見の人までいた。

もうダメだ…頭が真っ白になった。

客席に頭を下げる。

Sくんに続いて椅子に座る。手が震えて何をどうするのか分からなくなった。鍵盤の上に手を置いてみるが、もう何も分からない…

そんな僕をSくんの手が優しく包んで、最初の鍵盤の上まで持って行ってくれた。

彼の手も少し震えていた…。

『せーの』

彼が小さく呟いた。

練習で何度もやった開始の合図。

僕の手はちゃんと鍵盤を覚えてくれていた。僕はドレミの音ではなく、鍵盤の位置で覚えていた。これを押したら次はこれ…そういう覚え方で丸々一曲暗記していたのだ。

最初のソロパートが終わりSくんも入ってくる。なんか…なんかホールに響くピアノの音で上手く聞こえる。

奇跡的に僕らは1度も止まらず(怪しい部分はあったが)無事に演奏を終える事ができた。

演奏が終わり、二人で客席に頭を下げた。僕には聞こえた。割れんばかりの拍手が聞こえた。

二人で何かを成し遂げるってこんなに素晴らしい事だったなんて。

涙で前が滲んだ。舞台袖に着くころには涙がボロボロ零れていた。それはS君も同じだった。

僕たちは舞台袖で思わず抱き合ってしまった。案内係のお姉さんも素晴らしい演奏でしたよと声をかけてくれた。


その後僕たちは客席で2時間くらい他の人の演奏を聞いた。

帰りは近くのココスでご飯を食べた。僕は初めてSくんにご飯を奢った。

『困難を二人で乗り越えることができたね』

Sくんは帰りがけにそう言った。僕も頷いた。


そう、あの時は頭がどうにかなってたのかもしれない。極限の練習の中で洗脳されていたのかもしれない。よく考えたらこの困難はSくんが勝手に持ってきたものなのだ。





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