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役者の体を味方につけるための方法

 東京で演技コーチをしている秋江智文です。今回は「体に対する意識」について触れていきたいと思います。ここで指す体というのは、心や思考といった目に見えない内面ではなく、四肢や胴体また姿勢や仕草といった目に見える体の話です。

意識できなことは演技にできない

 日常生活を送る程度であれば、普段自分がどうやって歩いているのか、どんな姿勢で話を聞いているのか、どうやって食事をするかなんてことは、そこまで意識する必要はないかもしれません。
 しかし俳優は日常の体の動きを芸術のレベルまで高めなければなりません。ではあれば体がどうやって動いているかを意識できていることはとても重要になります。観客は舞台上を猫背で歩く役をみると気が弱い人、胸を張って歩く役をみれば横柄な人であるといった風に連想します。もちろん意図的であればいいのですが、無意識で行ったとすれば、お客さんに間違った役の印象を与えているわけです。意識していないことはコントロールできません。

姿勢や仕草はメンタルの表れ

 またメンタルは姿勢に表れます。うれしいと体の動きが大きくなりますし、ストレスがかかると、爪を噛んだり貧乏ゆすりというように動きに表れます。

 話を聞くときにも、体の前で腕を組む人がいます。これをする理由の一つは精神的にブロックしていることを表していると思っています。私のレッスンでもやっぱり、腕を前や後ろで組んで聞く受講生がいます。そんな時、「両足を肩幅くらいに広げ平行にして立って、腕は体の両側に、背筋は天井に吊られるように伸ばしてみてください。」と指示を出します。受講生は、「人の話が入ってくる。」「オープンになる。」などの感想を言ってくれます。(気を使ってかもしれませんが)自分の姿勢を変えることで、メンタルにも影響を与えるわけです。

 私としては姿勢を正して聞きなさいというより、体の姿勢に対して意識を向けてほしいという意図で指示しています。こうして少しずつ意識を向けることで、役が怒ったとき体を固めたり、悲しいときうつむいたり、喜んだ時に目を見開いたりなど、心理的なことがより意識的に体で表現できるようになります。俳優は体の在り方を心の表れとして扱う必要があります。

感情に酔いしれた俳優にならないために

 俳優は思考や感情やイメージと言った内面を、表情やしぐさといった目に見えるもの表現するのが仕事です。しかし、役者が悲しい気持ちになっていても、お客さんや他の人から目に見える形として伝わらなかったら、キツイ言い方をすると感じていないのも同じです。
 逆に感情が強すぎて、身体のコントロールが利かず感情のおもむくまま動く役者もいます。こういった感情を振り回す演技の方法を好む役者は多いです。しかしこういった感情のおもむくまま演技していたのでは、演出家の指示通りに動けず、共演者は困り、観客をおいてけぼりにしかねません。俳優は感情だけでなく、ストーリー、関係性、置かれた状況などを表現します。感情だけで芝居は構成されていません。感情に酔いしれている役者にならないようにしましょう。

身体だけでも役を生み出す

 私は以前花柳流で日本舞踊を習っていました。稽古の時、内面からの役作りはしませんでした。体の動き方を師匠から細かく習って、身体の動きから役を見つけ出すことをやっていました。すこし蟹股で歩くと男、内またで歩くと女となります。これは別に偏見ではなく、ただ言われるままに体を動かすと、その役の心持になりました。身体の使い方や踊りの振りを知れば知るほど、より精度を増して役を演じることができました。俳優は内面からの役作りではなく、こうした身体を通した役作りを学ぶことで、より役を自由に表現ができると思います。

エクササイズ

 では、体に対する意識を高めるエクササイズを紹介します。もちろんダンスや格闘技やピラティスなど行うことも勧めます。下記に並べたワークはすべて俳優のために考案されているものです。

 また、体の意識を高める場合、反福の動きが有効です。反復する中で、自分の動きや体に対して細かく意識が払えるようになるからです。


⑴ EXPANSION (拡張)
目的:身体の動きと心を調和させる
時間:5~10分くらい

 立って両足を揃えて、ひざを軽く曲げ、上半身を丸め、あごを引き、両腕を胸の前でクロスした状態から始めます。小さくなった状態です。そして徐々に体を広げていき、両足を肩幅以上に広げ、両手両腕を広げ、若干見上げます、背筋を伸ばします。広がった状態です。小さい体の形から広がった体の形にするわけです。この動きを繰り返し行ってみてください。つぼみから花が咲いていくようなイメージです。
 この動きを決して機械的に行わないでください。これは運動ではなく、身体の動きを調和させるものです。体の動きを味わってみてください。
 必ず同じ動きを繰り返しおこなってください。気持ちよくなってきて、動きを適当にしてしまう方がいます。あくまで心身をつなげるのだということを意識して、感情に浸らないようにしてください。

⑵ DAILY MOVEMENTS (日常的な動き)
目的:細かい動きを意識して行う。ちょっとした動き変化が心に影響することを感じる。
時間:10分

 簡単な日常的な動きを選んで行います。例えば本を読む、靴を履く、ジャケットを羽織る、歯を磨くなどです。10秒くらいの動きを完全に反復できるようになるまで行ってください。「本を読む」を選んだとして、どちらの手で本を取ったのか、目線の動きはどうなっているのか、本の何ページを開いたのかまで細かく再現してみてください。
 ここでも機械的にならず、毎回新鮮な気持ちで行うようにしてください。毎回新鮮な気持ちで取り組めることは、リハーサルを繰り返しする俳優にとって重要なスキルです。

 そして、動きに対して慣れたら細かな変化をつけていきます。例えば「本を読む」をしていたとして、テンポを早めて読んでみると、途端にあわてているような気がします。少し首をかしげてみるだけで、本が難しい内容に思えてきます。本を強く握ってみると、本が重要でまるで研究家にでもなったような気がします。体に変化を加えると、途端に状況や役が湧き出てくるでしょう。


⑶ CHARCTER FROM BODY (体からの役)
目的:姿勢や動きを変えることで、役が生まれることを体験する
時間:10分

 これは体のパーツに変化を加えるだけで、役や状況が生まれることを体験するワークです。まず胸を張って歩きます。初めは新しい体の形に慣れないかもしれませんが、徐々にほかの体のパーツが胸の張っていることに反応し順応していきます。すこし足が蟹股になったり、ゆったり歩いたり、少し人を見下すような目線になったりするのです。

 そうして私のレッスンで受講生に「どんな役のイメージが生まれたか?」と聞くと、「王様」や「社長」などと答えてます。実際にその役のつもりで、受講生同士で話をすると、話すテンポや、話し方、話の内容すらも変化します。
 胸を張る以外に、猫背や、首をひねる、手を後ろに組むなど、色々体に変化をつけて行ってみてください。とても単純なワークですが、受講生が楽しく身体と役とのつながりを見つけられるきっかけになります。

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 俳優にとっての体は、音楽家で言う楽器です。どんなに素晴らしいアイディアや繊細な感受性を持ち合わせていても、音色となって表現されなければ人には届きません。

 より身体を知れば知るほどより質の高い、演技が可能になります。そのためにも稽古を続けてみてください。


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