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真実は心と身体のどちらからやってくる?

 映像や舞台の世界の中で自分が演じる役が、その存在を違和感なく信じられることは、どのようなジャンルや作品にやるにせよ、必要になってきます。演じている本人にもとっても、観客からも役が生きていると信じられる演技を「真実」であると形容されます。外からも内からも演技が真実であると作品を楽しむことができます。
 ではそうした「真実」と言われるような演技にはどのようにたどり着けばいいのでしょうか?またそうした「真実」は、繰り返される撮影や、何回もの公演でどのように再現できるのでしょうか?
 そうしたより核心を突くような演技にたどり着くためのアプローチは大きく分けて2種類あると考えられます。それは「インサイド―アウト(Inside-Out)」と「アウトサイド―イン(Outside-In)」です。

インサイド―アウト:内面に起きたことを身体的な動きに変える

 インサイド―アウトというのは、感情や衝動といった内面で起きたことを、身体の動き、仕草、声に変えるものです。演技術の父ともいえるスタニスラフスキー「舞台的真実とは、俳優がこころから信じているものである。」(6巻58項)と言っております。内面に起きたことが行動を生むというロジックは、真実を求める人であれば共感をすると思います。アメリカ由来のメソッド演技と呼ばれるものは、強い感情を使うので「インサイドーアウト」がベースにあるといえるかもしれません。
 このアプローチの利点としては、内面で本当の感情がわくので、作品の役がリアルに生きていることになります。まるで役が嘘と感じさせることなく、自然と喋っているようにも見えます。強い感情がうまれるのも一つの魅力と言えるかもしれません。
 しかし難点としては、こうした内面の衝動に正直であろうとするあまり、嘘くささに過敏になってしまい、自分に対して懐疑な目を持ち自意識過剰になってしまうことです。「舞台上で自分の感じていることって何だろう?」ということ考えはじめ、ドツボにはまり、舞台上で固まってしまう俳優がいます。心や感情はとらえどころがなく、扱いの難しさがあります。そこで強い感情や衝動を得るために自分のつらい過去を思い出すということまでします。衝動的になるがあまり、作品の再現性においてもムラが出てしまうのも問題です。

アウトサイドーイン:身体で心を呼び覚ます

 アウトサイドーインは、フィジカルな動きを行うことで、感情やイメージといった内面を呼び起こすものです。例えば背中が丸まれば憂鬱な感じになるし、足がに股にして歩くと横柄な感じがします。身体を動かすと内面が活性化します。緊張した人に身体を解放させる手足を大きく広げたポーズをさせると、ストレスホルモン(コルチゾール)が低下し、自信につながるテストステロン(男性ホルモン)が上昇します。結果、元気や自信がでてくるのです。 
 こうしたアプローチは歌舞伎、能、宝塚歌劇団、パントマイムなどは、様式や型から内面を作りだすものになると思います。花伝書(風姿花伝)に能を学ぶプロセスとして「まず物まねのほうを取り上げて、物まねを色々やってその上で幽玄でいたろう。」とも書かれています。(注:近江と大和との能の習い方の比較例として書かれており、能の学び方が真似から始まるべきだと、意図して言っているものではありません。近江ではむしろ逆だと書いています。詳しくは読んでね!)そして守破離の考え方は、型ややり方があってこそです。また演技アプローチにおいても、ラバンやPEMはアウトサイドーインにあてはまるかもしれない。
 このアプローチの優位な点としては、動きやミザンスがはっきりしているので反復が可能で再現性があることです。そして明確な動きがあるので、指摘、変更、操作が加えやすいのも便利な点でしょう。
 難点としては稽古が足りなかったり、動きに慣れなかったりすると、演技は表面的になりがちで嘘っぽくなりえます。また、こうした学びには手本や指導者が必要になると思います。そもそも身体に普段から意識的でない人にとっては、かなり難易度が高いかもしれません。

サイコフィジカルアプローチ:内面と外面からの両方から演技をつくる 

 お勧めするのは、両方を兼ね備えたハイブリッドなアプローチ「サイコフィジカル(心と身体は一つである)」というものです。これは心身が絶え間なく影響し合っていると考えるもので、一方通行の刺激でではなく、刺激は双方向であるということです。スタニスラフスキーの後期や、私が専門とするマイケルチェーホフ演技テクニックの考えと土台となっているものです。チェーホフの先生は「心を体のように、体を心のように捉える」とその特徴を語っています。私は、本来日本人は身体感覚が西洋より優れているので、このアプローチが向いていると思います。
 このアプローチの優位な点は、現場や役柄に合わせてアプローチを変化できる。喜劇、悲劇、ミュージカルなど様々なジャンルに応用できる。自由度が高いアプローチなので、クリエイティブな作業を楽しめる。色んなアイディアを身体化できる。頭で考えすぎることなく、心身からの自由にあふれる感覚や直感を大切にする。心身の再現性が高い。
 難点は、稽古にはある一定のスペースが必要である。まだ日本には実践者が少ない。そもそもこのサイコフィジカルの考えが普及していないので、日本で学べるところはまず少ない。ロジカルな思考を好む人には慣れるまで時間がかかる。

自分に合ったアプローチが正解

 私は役者として上記の3つアプローチを全て行いました。結果ハイブリッド方式のサイコフィジカルが合っていたわけです。どのアプローチが合うのかは、自分にしかわかりません。色々やってみてこれだと思うものを自由自在に使えるようにしたらいいと思います。しかしできるだけ早く自分に合ったアプローチが分かれば、手法自体で学ぶことはなくなります。
 インサイドーアウト、アウトサイドーイン、サイコフィジカルのアプローチでどれが自分に合っているのかぜひ学んでみてください。

 最後にですが、私はマイケルチェーホフ演技テクニックを教えています。もしよろしければFBやHPをご確認ください。

HP:https://www.michael-chekhov-tokyo.com/

FB:https://www.facebook.com/michael.chekhov.tokyo


【参考文献】

・「スタニスラフスキーへの道」著者:アニシモフ,レオニード 翻訳:遠坂創三、上世博及 出版社:未知谷 出版日:2016年4月1日

・「花伝書(風姿花伝)」著作:世阿弥 翻訳:川瀬一馬 出版社:講談社文庫 出版日:1972年3月25日

・「On the Technique of Acting」著作:Michael Chekhov 出版社‏:‎ Harper Perennial 出版日: ‎ November 1, 1993

・“Presence: Bringing Your Boldest Self to Your Biggest Challenges” 著作: Amy Cuddy 出版社:‎ Little, Brown Spark 出版日:‎ December 29, 2015

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