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演技トレーニング「真似る」

 東京を拠点にマイケルチェーホフ演技テクニックを使って演技を教えている秋江智文と言います。今回は日常的に行える稽古方法を紹介します。

 紹介したい稽古は「真似る」です。「学ぶ」の語源は「真似る」から来るよう、技術は見よう見まねで学び、自分のものにすることでそれを得ていました。とりわけ人を扱う演技にあっては、人を真似ることでその人の心理や行動を知るきっかけになります。
 けれど演技は決して真似ることではありません。あの人の演技を真似たら良いというわけではありません。演技はざっくりいうと「役が今という瞬間を本当に存在しているかのように表現すること」であり、俳優は一瞬一瞬を直観に従い感情や思考から表情や動きを使い役を表現します。真似るだけでは、動きや感情をなぞるだけで表面的な表現になってしまいます。

「真似る」ことから得られるもの

 それでも真似ることから得られるものは多くあります。まず真似ることで俳優は習慣と癖からできた自分の体を脱ぎ去ることができます。
 「自然な」演技が良いとする考え方があり、普段の感情や動きを見せることがナチュラルでいいのだと思う俳優がいます。そうした演技は新鮮味がなくエネルギーも低く、多様な役に対応できません。もちろんそうした日常的な感じを撮りたい監督(是枝監督、K.ローチ監督など)はいますが、その人の作品に出られる確約もありません。俳優は自分以外の人を表現するために、自分の動きの癖に捉われない多彩な表現を身に着ける必要があります。
 また真似ることで、人を観察してから表現することが習慣づけられるのもいい点と言えます。何かを観察を怠ると、表現はすぐにどこかで見たような表現が生まれます。例えば年寄りを演じると俳優は腰を曲げて、首を突き出し、腰に手を当てます。そういった年寄りの方もいると思いますが、意外と皆さんお元気な方が多く背筋もピンとしています。思い込みで演技をするとステレオタイプになってしまいかねません。(ステレオタイプな演技を必要とする場合もありますけどね。)

偏見なしで観察する

 こうした真似るワークを行うさいに念頭に入れておく必要なのは、私たちには多かれ少なかれ他者に対して偏見を持っているということです。「こういう感じの人は悪い性格だ。」といった感じでコード化し偏見を持つことで、自分の身を守ることができ、余計なことを考えなくてすみます。良いも悪いも人は一つの機能として偏見を持っています。
 しかし演技をする上では、偏見はステレオタイプな表現を生み、新鮮味を欠いた表現になります。俳優は思い込みを表現するのでなく、その目の前の人の心理に動きや表情を通して入っていき、本当に感じていること考えていることを表現するのです。
 先日、あるクラスで同じワークを宿題で出し、若い俳優の方が感想で、「私は、カフェに座っているときに、横で息子さんと座っているお年寄りを観察しました。その方は息子さんに指をさしながら、大きな声で何度も何度も奥さんの話をしていました。そのあとで、その人の動きを家で真似てみました。観察をしているときは口うるさい人だと思いましたが、この人は奥さんのことを息子さんに一生懸命伝えたかったんだということが分かりました。」
 私たちの表現は偏見を一旦解き、子どものような五感で世界を見る必要があります。そのとき初めて人の本当の意志や感情が理解できます。

身体は感情やイメージを生む

 体をその人の動きに真似て動かすだけで、その心理状態が理解できます。猫背するだけで、憂鬱で視野が狭くなる感じがします。逆に胸を反るだけで自信がでます。表面的に動いて終わりにせず、動くことでどんな気持ちになるのかも感じてみてください。

エクササイズ

準備

 誰か観察できる人(家族・恋人・友人)を選んでください。アニメのキャラクター、ドラマや映画の俳優ではなく自分の周りにいる人を選んでください。

観察をする

 まずは手始めにその人の姿勢を観察しましょう。上半身だけでなく、下半身も注意して真似るようにします。左右どちらかに傾いているか?猫背なのか?胸は反っているのか?骨盤は前傾or後傾なのか?

 次は動作を観察します。どんな歩き方をしているのか?どんな座り方をするのか?動きに癖はあるのか?人の話を聞くときどんな姿勢なのか?緊張したときどんな仕草をするか?様々な場面でのその人の動きを真似てみます。
 
 声も観察してみます。自分の声より高いのか、低いのか?早いテンポで話すのか?語尾まで明瞭に話すのか?言葉は人に届くのか?

 また動きや声の質感にも注意を向けてみましょう。柔らかいのか?テキパキした感じなのか?高圧的な感じなのか?こうした質感だけで、同じ動きでも受ける印象は違ってきます。

 リアクション(反応)や感情表現も観察します。リアクション(反応)は芝居においてその人の内面を知る上でとても重要です。何かをするより、リアクションのほうが注目される場合があります。好意を抱く人から「好きだよ。」と言われたときにそのリアクションは人によって全く違います。

真似てみる

 姿勢、動作、声、リアクションなど真似てみましょう。できるだけ正確に行いましょう。一通り行ったら、もう一度観察しましょう。おそらく見逃していたポイントがあると思います。もしパートナーがいたら、その人の特徴を語りながら動いてみると、特徴により意識して動くことができます。
 今度はシーンを自分で創作してみます。ここでは観察したことではなくて、自分がシナリオを作って役を演じるつもりで自由に行ってみます。 

物を真似る

 演技のトレーニングには、人を真似るだけではなく、物の動きを真似るエクササイズもあります。ゆっくり落ちるティッシュ、打ち上る花火、さらさらと流れる川などを身体を使って表現をします。こうすることで対象物に集中したり、思いがけない表現の可能性を見つけたり、人ではできないような動きを探求するうえでとても有効です。

マイケルチェーホフ東京


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