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かさぶた

「そろそろいいかな・・」と、少年は膝の赤茶けてカサカサになったかさぶたをおそるおそる捲ってみた。半分ほど捲ったかさぶたの下の傷口を覗いてみると、そこは大根の切口みたいに真っ白で、まるでのっぺらぼうのようだ。まだ少し早いかなと一瞬躊躇したが、少年は一気に残りのかさぶたをひっぺがした。

突然マスクをはがされた真っ白なのっぺらぼうが、恥ずかしそうに少年の目の前にあらわになった。それは鮮やかな白だった。こんなにも見事な白があるのかと、少年はしばらく傷口に見とれていた。しかし傷口はすぐに湿りだしてきて、じわりじわりと白は濁り、薄い朱に染まっていく。そしてそれはゆっくりと濃い赤に変わっていった。少年は自分の膝の上で何が起きているのか理解できないでいた。やがて赤が膝からこぼれた時、それが血だということにようやく気がついた。その瞬間、膝に激痛が走った。

「まだ早いっちば!」
母親に思いっきり怒鳴られ、ふてくされた少年は痛みを堪えて龍郷湾へ駆けて行った。
 

浜におりると真っ青な海が静かに脈をうっていた。見上げると、海よりもさらに青い空がどこまでも天に突きぬけている。その青から放たれた鋭利な光線が少年の膝を刺したとき、少年は気を失った。少年は海に抱かれ、海の動脈と少年の動脈がつながった。静かな宇宙の鼓動は、ドクッ ドクッ と膝のうえに鳴る。そして青がぬける。静寂な宇宙は少年の膝の中にあった。

「梅雨あけたみたいね」
頭上であんまの声がしたので少年はハッと目が醒めた。まだ熱をおびた膝に手のひらを乗せると、砂の混じった真っ赤な血が指のあいだを抜けて海に流れていった。


「母ちゃん、ただいま!」
海から帰ってきた少年の膝の砂をはらうと、母親は少年の膝に新しい傷テープを貼った。「母ちゃん、傷テープも青色じゃや」「うん、今日から夏じゃがね」

そうか、もう夏か

今度はちゃんと乾いてからかさぶたを剥がそう、と少年は思った。



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