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秘境の滝 ウシノトリゴモリ へ @35

20年のあいだ封印されている靴がある。埃をかぶったこの軽登山靴だ。いや、別に封印してたわけじゃないんだけどね。もう履くこともないと思って、でも捨てるには忍びないのでずっと置いといたのだ。

この靴でなんども塔ノ岳までの沢を登り、北アルプスを縦走し、八ヶ岳の雪山で凍えそうになった時にもいつもこの靴が足元を守ってくれていた。そしてネパールのカラパタール5.500mを登った時もずっとこの靴と一緒だった。

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あれから20年。
20年ぶんの埃を払った。

AM 6:30
龍郷 出発。
さあ、もう封印は解かれた。


8:10 嘉徳川下流 到着

よしかわ工房のお姉さんに安全祈願の塩をまいてもらった。見上げるとぬけるような青空だ。スニーカーを脱ぎ、封印の解かれた軽登山靴に履きかえる。靴ヒモをギュッと締めた。たのむよ!僕の靴ちゃん。

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ウシノトリゴモリ

ウシノトリとはオシドリのことで、コモリとは滝壷のことだ。つまり、オシドリが水浴びをしていた滝壷なのだろう。この嘉徳川を上流へと3時間ほど登っていく。途中、小さな滝や沢が7つほどあるらしいが、それらを越えていかなければ辿りつけない秘境の滝、それがウシノトリゴモリだ。

沢登りは得意中の得意だ。いや・・得意だった(過去形)。果たしてウシノトリゴモリまで行けるのか。僕の今の体力だとたぶん4時間以上かかるだろう。まあ、のんびり行こう。僕にはこの靴ちゃんがついている。


8:40 嘉徳川 出発
もういちど天を仰ぐ。
そして、ひとつ大きく深呼吸をする。

この先はたぶんケイタイの電波も届かないだろう。果たして遭難せずに生還できるのだろうか。というか、ウシノトリゴモリまで辿りつけるのだろうか。


9:☆☆ 頃

歩き始めて1時間くらい経った頃だろうか、ケイタイがないことに気付く。ズボンのポケット、サブポケット、リュックの中、いくら探しても見つからない。一瞬あたまが真っ白になる。いやいや、焦ってはいけないと自分に言い聞かせ記憶を逆のぼってみた。たぶんサルスベリの木を撮ったあの場所で落としたのだろうと見当をつけ、そこまで戻ることにした。ありました。ちゃんとサルスベリの木の下にケイタイありました。気を取り直して再スタート・・これで30分のロスタイムだ。
 

10:00 ミキョゴモリ 到着

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ミキョ(魚の名前)がたくさんいた滝壷だ。もちろん今はいない。いや、もしかしたらいるかもしれない。落差3mほどの小さな滝で、この先こういう滝があと2個所あるらしい。小さい沢はたくさんあるらしいけどね。沢や滝にはだいたい左右に巻き道がある。さて、このミキョゴモリはどっから巻こうか。左から巻くことにした。


10:30 フウゴモリ 到着

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フウ(大きい)滝壷という意。大きい・・滝自体は小さいけれど滝壷はほんとにデカい。でも、これどうやって巻けというんだ。左は岩場の崖で、右は籔の崖になっている。このまま滝壷を泳いで渡ろうか・・・。巻き道の選択はほんとに難しい。誤った判断をすると、また戻るのが大変なのだ。

傾斜がやや緩やかな右の籔から巻くことにした。

選択は間違ってなかったと思う。だが・・足を滑らせて5mほど転がり落ち・・そのまま滝壷へ落ちた・・死ぬかと思った(笑)。それにしても滝壷深いね。足が届かない。さすがフウゴモリ(だいばん滝壷)

とりあえず頭は打ってないし、どこも痛くはない。いや、たぶん痛みは3日後にくるはずだ(年だから)
 

10:40 クルゴモリ 到着
フウゴモリを抜けるとすぐにクルゴモリがあった。クル(黒い)滝壷だ。と、思ったが本物のクルゴモリはまだ先にあったのだ。

11:00 ミニゴモリ 到着
ほんとの名称はわからないけどね、小さいのでそう名付けただけだ。

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ここはほんとに野性植物の宝庫だね。でっかい木を見上げるとオオタニワタリが悠然と根をはっている。そしてその木から伸びた太い蔓を見てみると・・オオタニワタリの赤ちゃんがたくさんいる。産まれたばかりのほんとに小さな赤ちゃんたちだ。これは蘭の赤ちゃんだろうか。
 
大木の枯れかかった幹からも産まれたての新芽が産声をあげている。
 
ルリカケスはあちこちでガアガア鳴き叫び、岩場の裏では蝶々がしずかに羽を休めている。その岩の上にはアマミノクロウサギの糞が大量に落ちている。

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もう半分くらいは来ているだろうか。まだ半分か・・、先はまだ長い。
 

ある登山家が言っていた。「危険を承知で登るのはほんとうの勇気ではない。下山の決断をする勇気こそほんとの勇気だ」と。なんど引き返そうと思ったことか。ほとんど水の中を歩いているようなもんだ。でも滑りやすい岩の上を伝うより、水の中の方がよっぽど安全だけどね。しかし、水を歩くのはそれだけで体力を消耗するから困ったもんだ。そしてなんど足を取られて転けたことか・・その度に水浸しになる。

何でこんなに滝に魅せられるのか、ふと思った。もちろん滝自体も好きだけど、それ以上に滝に辿りつくまでの道のりが好きなのかもしれない。田平の滝もそうだった。タンギョの滝もそうだった。苦行を乗りこえた後の達成感。そうなんだ、これは山登りと全く一緒なのだ。

そして、旅もまた同じだ。旅してるときも山を登っている時も、その時はただただ必死で何ひとつ楽しいことなんてない。後でその苦しみ痛みを思い出したとき、初めて旅を実感する。ネパールの時がそうだった。北京の時がそうだった。それらは今ではしっかりと僕の中で宝物になっているのだ。

ならば、とことん苦しもう。激しく痛もう。たかが滝壷に転落しただけじゃないか(死ぬかと思ったけど)。このまま帰ったらヘタレあんこ(雄猫1歳)に笑われてしまう。


11:20 クルゴモリ 到着
ここがクルゴモリだろう。いや、やっぱりさっきの滝か? もうどうだっていい。ここは巻き道を使わず、左の岩場の狭いスペースからよじ登る。

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11:40 ニ連の滝 到着
ほんとの名称はわからない。可愛い滝だ。そして、二連の滝を越えてすぐに見えてきた。そうか、あれがウシノトリゴモリか・・


11:50 ウシノトリゴモリ 到着

とうとう辿りついた、ウシノトリゴモリ。落差20mほどだろうか。ここ暫くは雨が降らなかったので水量は決して多くない。でもすごい迫力だ。そして青い滝壷。今にもオシドリたちがこのコモリを目指して降りてきそうだ。その滝壷の水を木漏れ陽が蒼く照らしている。水の落ちる爆音と静寂の森が同居しているふしぎな空間だ。

この島にはたくさんの滝があるが、そのどれもが決して大きくもなければ派手でもない。鬱蒼とした森の中にひっそりと、そして人間を拒むように佇んでいる。その姿は神々しくさえある。太古から変わらずここにあり、変わらず落ち続けるこのウシノトリゴモリ。ウシノトリもここで人を拒みながら水浴びをしてたのだろう。ここは人間の踏み込むべき領域ではないのかもしれない。そろそろ帰ろうか。

もう一度滝を見上げる。来てよかった。また来たい。いや、もう二度と来たくない・・ アドバイス頂いた平井さんも二度と行きたくないと言っていた。でもほんとはまた行きたいに決まってる(笑)
ありがとう、ウシノトリゴモリ。またいつかこの靴と一緒に逢いに来よう。

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