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288DAY -国立西洋美術館キュビズム展 1 -

 上野駅公園口から徒歩1分未満。その情景は、今まで山手線の車窓から見えていた大都会と打って変わる。上野恩寵公園には、上野動物園、東京国立博物館、国立科学博物館、東京都美術館、国立西洋美術館、上野の森美術館、東京芸術大学上野キャンパスなど、まさに文化の世界と言える空間が広がっていた。

 その中でも国立西洋美術館では、国内では50年ぶりの規模となるキュビズム展が開かれている。

「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献」の構成遺産の一つとして世界文化遺産に登録されている本館。上野駅から出て少し歩くとこの幾何学的な外観がすぐに目に見えてくる。

 キュビズムは、20世紀初頭にパブロ・ピカソジョルジュ・ブラックが創始し、その後多くの追随者を持って現代美術に決定的な影響を与えた。

ーキュビズムが従来の絵画からはっきりと峻別される点は、キュビズムが模倣の芸術ではなく、創造にまで高まろうと目指す概念の芸術であることだ。
                        ーギヨーム・アポリネールー

ポール・セザンヌは当初モネやルノワールらと共に印象派の主力であったが、次第にグループから脱退、絵画の伝統性への懐疑を経てゴッホやゴーギャンと並びポスト印象派として活躍した。

 小説と絵画。一見相異なる両者だが、キュビズムはその描かれた光景の中から、さらに自分なりの答えを創造して見つけなければならない。あらゆる絵画様式の中でも、小説とキュビズムは何か共感するものがある一つではないだろうか。冬休みも佳境に差し掛かる今日、自分は国立西洋美術館へと向かった。

 キュビズムという単語自体、自分は中学校の美術で聞き齧っただけである。上に書かれたそれらしいことも、本展に行った後だから書けたに過ぎない。だから自分は、キュビズムというのがいかなる芸術かをそれほど知っているわけではなかった。

 だがピカソは知っている。彼はあの切り紙を貼り付けたような感じが印象的で、とても現実のものとは思えない一枚を想像している。
 だがレンブラントやフェルメールはとても「美しい」絵画を描くのに対し、彼らの作品は人間のシンプルな評価基準で一つ感想を言うならば、少なくとも「美しい」とはならない(美術館に飾られる絵画はどれも質感がすごくて美しいと思ってしまうが)。
 だからこそ面白いしあらゆる捉え方を見出せる余地があると言える。美的な価値観からかけ離れた独特の世界観、現実とは思えない世界を体感することが、自分にいかなる心理的影響をもたらすのか。今回の目的はそれである。岸辺露伴的に言えば取材。別の言い方は「実験」である。

ジョルジュ・ブラックはピカソと共にキュビズムの創始者として知られる。ピカソと共にキュビズムを研究したため、両者の作品はよく似ており、一時期の両者の発表作は、どちらのものか判別が難しいほどである。
「キュビズム(立体派)」の名の起こりは、ブラックの作品をサロンで見た批評家が「ブラックは一切を立方体(キューブ)に還元する」と評したのが元と言われている。相方がピカソなのでいささか名の上がらない画家であるが、彼がキュビズムへ残した影響力を考えればそれが過小評価であることは明白だろう。

 話は変わるが、自分は国立西洋美術館といえば「考える人」だと思っていた。そうしたらすぐにそれが目にはいってきた。これぞ「考える人」。本当にそのままの「考える人」だった。やはり教科書で見るのとは違う。このリアルな感じが、対象が語りかける「何か」を感じ取れる。

 チケットを買い、キュビズム展が開かれる地下へと向かう。やはりピカソなどといった面々のネームインパクトはすごいのだろう、チケット売り場は長蛇の列だった。

パブロ・ピカソは言わずと知れる20世紀最高の画家の1人であり、青や薔薇色の時代、セザンヌの影響を受けつつキュビズムの探究を経て、対象の徹底的な分解、それによりキュビズム的絵画を、いったい何が描かれているのか分析不能な領域にまで到達させた。
ブラックとは親友の関係であり、天才的な彼らのキュビズムの探究は後のフェルナン・レジェやフアン・グリスらに追随され、キュビズムを一大芸術文化へと昇華させるに至った。

 前回新国立美術館へ「ルーヴル美術館展」を見にいった時もすごい人の数だったが、今回はそれよりも人がいるように思えた。
 展示ブースでもじっくり絵を見てられないほどだったが、当然のようにあたりはしんと静まり返り、全員がキュビズムという世界にゆっくりと浸っていた。しかもただ感心しているのではない。考えている。それがキュビズムの目的であり本質でもあるが、キュビズムが繰り広げる世界観は一枚岩ではない。

 絵を一回見て、そこからまた噛み砕いて消化する必要がある。この題名と情景が全然噛み合わない様を、どうにかして腑に落ちるように努める必要がある。
 本展はキュビズムの歴史を展示しているとも言えるが、そうするとなぜ彼らはこうした歴史を辿ったのか、それをこの100点余りから感じなければならないのだ。

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