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立川談志=親鸞!?

談慶さんの新刊が出たぞ!

本ジャケ

立川談慶著「不器用なまま踊りきれ。超訳 立川談志」

談志師匠の弟子で、数多くのヒット著作を出して来た談慶さんの新作。

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僕が談志師匠の大ファンであるうえに、今月で談志師匠が亡くなってちょうど10年という節目。

ラジオの時


さらに、談慶さんには10年以上懇意にしていただいているので発売日にソッコーで購入した。

読んだ感想は・・・

”この本は、立川流の「歎異抄」だ。”

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「歎異抄」とは唯円という僧侶が書いた書物で、師である浄土真宗の宗祖親鸞の教えが「異なった解釈をされることを歎き(歎異)」、その真意を伝えようとするもの。

たとえば、親鸞聖人は「善人よりも悪人の方が救われてしかるべきだ」(これは僕の超訳)といった「悪人正機」を説いた。
これを聞いた人々の中に「じゃあ、悪の限りを尽くそうぜ!」と、傍若無人にふるまうものが多く現れてしまう。これを見て唯円は、親鸞聖人の教えが正しく伝わっていないことを歎いて、注釈書を書いたのだ。

浄土真宗の本尊である阿弥陀如来は「すべての人」を救うことを決意した存在であるとされる。
だからこそ「阿弥陀如来は自分で幸福になれる善人より、自分ではどうしても幸福になれない悪人のほうにより手厚く救いを差し出す存在」ということが親鸞の本意だった。

悪人正機を誤解して、わざと悪事をはたらくということは、医療が発達したからといってわざと病気や怪我をするのと同じで、ナンセンス極まりない。

また、この阿弥陀如来の救いについては羊飼いのたとえ話がある。
100匹の羊が牧場で飼われていて、そのうち1匹が牧場から逃げて狼のいる山へ行ってしまったとする。
そうしたら羊飼いは、牧場内に残った99匹を置いてでも1匹を探しに山に行くだろう。
これは1匹を探しに行く羊飼いを阿弥陀如来に、お利口に牧場に残った99匹を善人に、逃げてしまった1匹を悪人に置き換えると、阿弥陀如来の救いの形が見えてくるのではないだろうか。

こうした誤解を、丁寧に解いたのが唯円の「歎異抄」だった。

これに対し、「不器用なまま踊りきれ。超訳 立川談志」は、世間的にはらんぼうだと「誤解」されている談志師匠の発言を、ずっとそばにいた談慶さんが解いていくようなスタイルになっているのだ。

親鸞と談志の共通点

さて、親鸞聖人の話が長くなったけど、親鸞聖人と談志師匠には共通点がある。
それは「表に出てくる言葉が多くない」うえに「表に出てくる言葉がセンセーショナル」であること。

悪人正機だって、表に出る言葉がもっと多ければ(言葉を尽くして説明すれば)誤解は少なかっただろう。
けれど親鸞は、長きに渡る流罪などの憂き目もあって、広く世間に言葉を尽くす機会を奪われていた。
また、宗教という保守性の強い世界の中にあって、「信じるものは救われる」の逆張りをするような親鸞聖人の発言はセンセーショナルだったに違いない。

一方で、談志師匠も特に晩年はキーワードだけで話したり、前提条件を言わないまま言葉を残したりしていて表に聞こえる言葉が多くない。

これは談志師匠にしてみれば「客を信用しているから」(言わなくてもわかる。もしくは、これでわからない馬鹿には関係ない)であり、僕は大ファンなので理解はできるが、多くの人に誤解を与えることになる。

しかも、「反逆児」とまで言われたほどにその言葉は切っ先が鋭くセンセーショナルであったために今でいうと「炎上しやすい状態」にあったと思う。

だからこそ、浄土真宗の隆盛には唯円と、彼の書いた「歎異抄」が必要だったし、談志師匠亡き後に談志を知った世代にとっては、談慶さんの「不器用なまま踊りきれ。超訳 立川談志」が必要だと感じる。

こっちから見れば超人なのにずっと悩んでる人

さらに言うと、ふたりとも「超人的に自分と理想を見つめ続けた人」だ。

お釈迦様は6年の修行ののち里に降りて悟りを開いたが、親鸞聖人は比叡山で29年もの修行を重ねたが悟りを開くことができなかった。

そしてそんな自分を見つめ続けながら生きた。

ここ、悟りを開けなかったのが大したことないのではない。人間なんて29年も修行したら、その「成果」が欲しくなって当然だ。そうなると、自分のダメな部分に、少しくらい目をつぶって、悟ったと嘘をついたり、適度な着地点に安住しようとする。

でも、親鸞聖人は執拗なほどの正直さで自分を見つめ「まだ悟れていない」と自認して苦しみ続けた。

これも談志師匠に共通していて、高すぎる落語の理想と、自身の能力の乖離に苦しんでいたように見えるのだ。これも決して能力が低いわけではなく、若い頃から壮年にかけては、落語家としてはあり得ないほどテレビに出まくって、当時の「現代的なノリ」を体にぶち込んで、それを自身の落語にフィードバックさせ、誰よりも小気味のいいリズムとメロディで奏でる落語を完成させている。

さらに晩年にさしかかると、シュールやSFというか、常識に対抗した非常識ではなく「湧き上がったものが偶然に非常識に属するものだった」というか「人間の根源なんてグロテスクだ」というような要素を詰め込んだ「イリュージョン落語」を展開していて、この領域は落語家が演じることはおろか、ファンも必死になっていないとついていくことさえ難しいくらいだった。

それどのレベルにありながら、談志師匠はさらに高みにある落語の理想を見つめ、自身の不足に苛立つことも多かったように見える。
特に晩年は、喉のガンで思うような発声ができなくなり、苦しみはさらに増していった。

親鸞聖人も談志師匠も、ハタから見ればとんでもないレベルの超人なのだが、自分に課した(自分に求める)理想が高い上に堅牢であったために、そこに届かない自分に苦しんだ人だと思う。

なぜ談慶さんがこの一冊を書けたのか

談慶さんが入門するとき談志師匠は「俺を快適にしろ」といったそう。
こんなの、ここだけ切り取れば単なるパワハラだし、言語道断と言われて仕方ない。

他に、政治家になったことのある談志師匠は、沖縄開発庁政務次官に就任したが、沖縄海洋博視察で二日酔いのまま会見に臨み、騒動に発展。「公務と酒のどちらが大切なんだ」と地元の記者に詰め寄られ、「酒に決まってんだろ」と吐き捨てた。
これも、常軌を逸した発言だし、ネットのない時代であったけど当時でも完全に炎上した。

さらに、「日本人には貧乏が似合ってる」と言う発言もある。
これも、たくさんのひとの逆鱗に触れそうな言葉だ。

こうした言葉の数々を、談慶さんがタイトル通り「超訳」していくのがこの本なんだけど、談慶さんにしか書けなかっただろうと痛感する。


その理由はふたつあって、まず、談慶さんの前座修業が異様に長かったから。通常2〜5年で終わる前座期間を、不器用な談慶さんは9年半もかけている。
しかしそのおかげで、談志師匠の言葉を近くで長く聞いていられることになった。
だからこそ、発言だけ拾うと炎上してしまうような談志師匠の言葉の裾野に広がる「想い」や「信条」をすくい上げることができたのだろう。


そしてもう一つは、談慶さんがここ5年くらい、火の出るような勢いで本を書きまくって出しまくってきたから。
誤解されるスキをわざと作っていた節もある談志師匠の発言を、過不足なく超訳として落とし込んでいる。
この文章の「適度さ」は、談慶さんがこれまで、過ごしてきた烈火のような執筆の日々の賜物だと思う。

事実、僕なんかは一冊の本の感想がこんなにも長くなっちゃって、なんだかなぁ。

というわけで、談慶さんの新刊は「立川流における”歎異抄”だ」となったわけだ。

個人的にグッときたこと

最後に、この本のなかで個人的に嬉しかったポイントをネタバレしない程度に書いておく。
談志師匠の「天才とは、目標に対して『しつこい人』である」という言葉を超訳する章。

僕が談慶さんとよく会っていた頃のこと。談慶さんは僕のことを誰かに紹介するときに「この人は天才です」と言ってくれていた。

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根がひねくれている僕は、大先輩にそんなに言っていただけるのを感謝すべきだったが、嬉しい反面、心にもやっとするものがあった。


そのとき僕は「天才=天性の才能がある」と言葉を解釈したからだ。

それでも喜んだらいいと思うが、何せ僕はひねくれた上にひねくれを拗らせているので「天才→天性の才能がある→後天的に得たものは特にない奴」と捉えてしまったのだ。
今考えても、なんてひねくれているんだろうと思う。

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だけどそれが、この「天才とは、目標に対して『しつこい人』である」という章で、なんだか綺麗にスッキリしたし、時をこえて嬉しくなった。

談慶さんは生物学の原理を知っていた!?

とっくに長くなりすぎているので、これで終わりにするが、文中で談慶さんは談志師匠を「変わらないために変わり続けた人」と表現している。

これは僕の好きな、分子生物学者の福岡伸一さんも「人間は細胞が3ヶ月で全て入れ替わり続けていて、それが止まった時が死」と語っている。

私たち生物は、「”生きる”という変わらない状態」を保つために、細胞レベルで変わり続けているということだ。

だけど僕らは「個人」をそんな流動的なものとも思わずに、固定して捉えてしまう。それがあらゆるいさかいや過ちの根源であり、談志師匠はそのことを知ってか知らずか、思想の上でも避けながら生きた人だったのだ。

こんな分量で書いたら、この本が読みたくなるより「あぁ、ツバキングはこの本が大好きなのね」しか伝わらないかもしれないけど、お気になった方は読んでみてください。

とても平たく言えば、いろんなことに悩みやすい人や、現代のこの感じがなんだか嫌だなって思ってる人には刺さると思います。

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