自転車に乗るとEDや前立腺がんになるというのは本当?
EDと前立腺がんに自転車運動は良くないのか
男性陣なら「自転車に乗るとEDや前立腺がんになるのか」ということを一度は気にしたことがあるのではないでしょうか。
自転車は数あるスポーツの中でも競技時間が比較的長めになるスポーツです。長時間できるというのはメリットではあるのですが、一方で気になるのが会陰部への圧迫です。前回の記事でもご紹介したとおり、サドルがあたる部分は神経や血管が数多く走行しており、これらを長時間圧迫することで様々な症状がでることがあります。さらに、男性の場合は会陰部に前立腺があるため、サドルに座ることで前立腺に負担をかけてしまうのではと心配になる方も多いことでしょう。
今回は巷にあふれるサドルと男性の悩みについて、本当に関連があるのか解説していきます。
まずは自転車がEDに与える影響を深堀していきましょう。
ED(Erectic Disorder)とは勃起障害を意味し、勃起を起こせないもしくは維持できない状態を指します。ほとんどのEDの背景には、血流障害と神経障害があります。
勃起には、
①神経からシグナルを受ける
②陰茎に十分な血流を供給して勃起を起こす
という大まかに2つの工程が必要になりますが、この神経および血流のどちらかに障害が生じると、勃起の発生および維持が難しくなります。そのため、動脈硬化や糖尿病などの神経や血管に障害をおこす内科疾患が原因でEDとなるケースが多くみられます。また、ほかの内服薬の副作用や、前立腺手術などで神経や血管が損傷するケースなども一般的にみられる原因です。これら以外にも飲酒、喫煙、ストレスなどでも勃起障害をきたすと知られています。
サイクリストの場合、この神経と血管が走行する部分がちょうどサドルで圧迫される部分と一致するため、長時間のライドとサドルによる圧迫はサイクリストのED発症を高めていると恐れられています。
さて、実際にこれは事実なのでしょうか。研究を見てみましょう。
2017年に実施された自転車運動とEDの関連を調べた研究では、ライド直後一定時間はEDの発症リスクが高まることが指摘されました。しかし、この影響は短時間のもので、あくまで一過性のEDのみ生じるという結果になりました。
またイギリスで行われた大規模なシステマチックレビューでは、サイクリストは非サイクリストと比較してEDの自覚症状が有意に多いと発表されました。しかし、この自転車の影響はその他の増悪因子である喫煙や肥満、運動不足の影響よりもずっと小さいものでした。
2019年の研究でも、自転車を含む有酸素運動はEDの原因となる動脈硬化、糖尿病、高血圧などの改善に寄与し、長期的にはEDを改善する作用があることがわかりました。特にこの効果は高強度トレーニングのほうが効果が高いことが示されています。
これらの研究を考慮すると、自転車に乗ると、短期間のED発症リスクがあがるものの、長期的にはEDを改善すると考えられます。安心して自転車に乗れそうです。
自転車は前立腺がんのリスクなのか?
さて、続いて前立腺がんについても考えていきましょう。
2014年にイギリスから発表された論文では、週8.5時間以上の自転車運動は前立腺がんの発症リスクが2倍から6倍になるという衝撃的な報告がありました。このショッキングな結果は日本のニュースでも取り上げられたので、目にした方も多いことでしょう。
しかし、この研究には対象のサンプル数が5000人と少ないことや、もともとがんの罹患率を対象としていない研究であったことから、結果に対して懐疑的な意見が出ていました。
後年に行われた別の大規模追加検証では、運動全般は悪性腫瘍に対して抑制的に働くことが示されました。前立腺がんだけに限った大規模研究でも、運動習慣が前立腺がんのリスクを大幅に増加させる報告はされていません。今の段階で、運動は前立腺がんに対して特段悪さをすることはなさそうです。
前立腺がんは自転車の乗車時間よりも、食事や家族歴の方が強く関連しています。特に動物性脂肪の摂取過多はアジア人の前立腺がんを増やしており、食の欧米化に伴い若年の前立腺がんが日本でも増加傾向があります。
これらを考慮すると、自転車に乗っているからといって、特段前立腺がんになりやすくなるわけではなく、その他の生活習慣に気を配ったほうが建設的と言えるでしょう。自転車を含む運動習慣は多くのメリットがありますので、『前立腺がんが気になるから自転車に乗らない』という選択をしているのであれば、非常に勿体ないことです。本当に前立腺が気になるのであれば、気を付けるべきは自転車よりも食事内容です。動物性脂肪に気を付け、野菜や果物類、植物性タンパク質をたっぷりと摂るようにしましょう。
健康診断前日のライドは控える
ただし、健康診断などで前立腺検査を行う場合、前日のライドは控えましょう。理由はロングライドが前立腺検査の結果を狂わせてしまうからです。
前立腺がんのスクリーニングとして血液中のPSAと呼ばれる物質の濃度を測定します。PSAは前立腺特異抗原(prostate-specific antigen)と呼ばれ、前立腺内から分泌されるものです。前立腺がんになるとこのPSAが上昇してくるため、簡便かつ精度の高いスクリーニング検査として世界的に広く利用されています。
しかしこのPSAは非常に繊細な物質で、前立腺を圧迫するだけでも容易に血中濃度が上昇してしまいます。そのため、前日にロングライドに行ってしまうと、本当は問題ないのにも関わらず、検査では異常高値として検出されてしまうことがあるのです。前立腺がんの正しい検査結果を得るためにも、血液検査を実施する前日はライドを控えておきましょう。
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