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村八分 – ライブ (1973)

 村八分の『ライブ』はロック黎明期を代表する名盤だが、歌詞の過激さも相まって再発に関して紆余曲折を要した作品でもある。また、多くの音源も発掘されたが、良好な音質で現存している録音が少ないゆえに、本作の重要性は一切揺らぐことなく日本のロックの語り草であり続けている。
 同時期に日本語のロックを展開していたはっぴいえんどとは異なり、季節性のある情緒は薄く、一般的なラブソングからも大きく乖離している。ボーカルである柴田和志の生み出す異様な詞は、時代性を全く持っておらず(「どこへ行く」以外は現代的なワードは一切登場しない)、不衛生で暴力的な情景にあふれている。ひらがなやオノマトペを多用した文章には稚拙な単語が非常に多いが、The Rolling Stonesの影響を受け、時にルーズ、時にタイトなグルーヴを追求することで、ロック然としたクールさは一切損なわれていない。しばしば日本のプロトパンクとも称される所以は、単に歌詞の過激さだけでなく、山口冨士夫のギターを中心として生み出されるこのソリッドなサウンドにも大いにあると言っていい。
 言葉の意味が最も不明な「ねたのよい」や、話のつじつまが皆目不明瞭である「あくびして」などは村八分の詞世界の真骨頂だ。不鮮明なモノクロ写真を見せつけられた時のような、つかみどころのない不気味さにも似た不安感は、まさに唯一無二である。また興味深いのは、同曲のスタジオ版と全く歌詞が変化しているパターンが多いことである。「あくびして」はスタジオ版では「ドラネコ」のタイトルで演奏され、ライブバージョンよりもテーマは明確だが歌詞は数段暴力的だ。
 ロック・ミュージックに日本語の歌詞を乗せる試みは日本のロック・ファンの多くにとって、しばしば一大命題となって語られてきた。村八分の大きな功績はStones流のガレージ・サウンドに、日本語でしか成しえない独自の歌詞世界を展開して見せたことだ。惜しむらくはその世界観のあまりの独特さゆえに、それを正確に継承することができたバンドが現在に至っても現れていないことだろう。村八分の前では日本語ロック論争など全くの徒労に過ぎない。