細野晴臣 – Hosono House (1973)
日本のロック黎明期の最重要バンドの一つだったはっぴいえんどが、正式かつ円満に解散したのは1972年の終わりのことだ。元メンバーの細野晴臣が驚くほどに軽いフットワークで発表した傑作『Hosono House』の特筆性は、カントリーのテイストをいち早く日本語ロックに取り入れただけではなかった。当時としては前例の無かったホーム・レコーディングの実践は、いわゆるDIY精神の先駆けとも捉えうるもので、田舎の伸びやかな空気の中で奏でる音楽のすばらしさは、Mac DeMarcoが彼の音楽を模範とし、星野源がフェイバリットに本作を挙げるなど、若きミュージシャンたちにも確実に影響を与えている。
繊細な「ろっか・ばい・まい・べいびい」のギターからもわかる通り、宅録でこそあるがサウンドには粗さは全く無い。「福は内鬼は外」ではラテン風の陽気なグルーヴに乗りつつも、歌いあげているのはあくまで純日本的な情景である。「僕は一寸」の歌詞で描かれている途方もなく穏やかな生活は、しばしば都会的な人間関係のしがらみを伺わせていた初期はっぴいえんどの雰囲気と対照的なものだ。そんな中で最もアメリカン・ロックに接近したサウンドの「住所不定無職低収入」や、サイケデリックな「薔薇と野獣」が収録されている多彩さも驚異的だ。
『Hosono House』はノスタルジックな雰囲気こそ漂わせているが、当時のフォーク・ロックの最先端であっただけでなく、現在のベッドルーム・ミュージックさえ予見した先進的な作品でもあった。2019年には細野本人によって『Hochono House』としてセルフリメイクされている。無駄な音など一音もなかった本作の完璧なサウンドを、ミニマルなテクノを交えて再解釈した挑戦的なアルバムだが、言うまでもなくこちらも傑作だ。