見出し画像

Joni Mitchell – Blue (1971)

 1970年のアルバム『Ladies Of The Canyon』において、Joni Mitchellのスタイルは初期の弾き語りフォークの枠を超え、ロックやポップスの音楽性をとりいれて徐々に拡大しつつあった。しかし、当時の恋人だったGraham Nashとの関係をはじめとした私生活の整理のため、Mitchellはライブ活動の休止を決断する。『Blue』の完成までにはJames Taylorとの新たなロマンスやヨーロッパへの旅といった出来事もあったが、そうした彼女の身に起きたあらゆる物事が、赤裸々な内容の詞と狂おしいサウンドとなって、まるで音楽の結晶のように具現化している。
 冒頭の「All I Want」でMitchellは旅立ちを告げ、Nashとの関係を回想する「My Old Man」では結婚のことをほのめかす。それぞれの歌のモチーフは明快なものも多いものの、発売当時は謎に満ちた曲もあった。子供へのささやかな祝福を祈る「Little Green」は実は60年代に書かれた歌で、かつてMitchellが養子に出した幼い娘に向けたものだが、この事実は90年代に入るまで公にされていなかった。
 陽気なムードの「Carey」と「California」にも郷愁や寂寥といった情感がついてまわっている。この2曲のあいだに象徴的なバラードである「Blue」が挟まれているのも印象深い。クリスマス・ソングを引用した「River」や風変わりなレトリックの活きた「A Case Of You」も名曲だ。特筆すべきは本作では異質なナンバーとなった「The Last Time I Saw Richard」。Mitchellは60年代的なロマンチストの末路を第三者的に描いており、ここにはEaglesの「Hotel California」にも先んじた冷笑主義を垣間見ることもできる。
 個人的でありながら並外れた完成度を持ったアルバム『Blue』は、シンガーソングライターの私小説的告白が多くの人々の心を打ちうることを証明した。圧倒的な一枚であり、リスナーはMitchellの言葉に真摯に向き合う必要がある。