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中村一義 – 金字塔 (1997)

 『金字塔』のジャケットをよく見ると、灰皿の上に立てられているタバコが写っている。向こう側に立つ本物の塔ではなくあえて身近な物に視点を向け、まるでそれこそが〈金字塔〉であると宣言するかのようなアートワークには、中村一義がこのファースト・アルバムに確かな自信を持っていたであろうことが読み取れる。
 極限まで口語的に崩した文体ながらも、韻の心地よさのツボをしっかりと抑えた中村の詞は、メインストリームにヒップホップが進出しつつあった時代だったことを差し引いても十分な衝撃を人々に与えた。1stシングルになった「犬と猫」の〈最近どう?あぁ…そう…。〉というさりげない会話の断片をここまで見事なロックに仕上げる人物など、世界中を探しても彼のほかに見つからないだろう。
 こうした特異な詞だけでも十分称賛に値するが、宅録を中心とした素朴なフォーク・ロックと繊細なファルセットの歌声がなすバランスによって、本作のサウンドはもはや崇拝すべき領域にまで達している。実際本作の収録曲の多くが〈状況が裂いた部屋〉と名付けられた中村の自室で作り上げられており、アルバムの随所に60年代のロック・クラシックへの愛情がちりばめられている。インタビューで何度も影響を公言したThe Beatles(彼らが使っていたのと同じ型の楽器をそろえてレコーディングにのぞむ徹底ぶりだった)はもちろんのこと、「魔法を信じ続けるかい?」ではThe Lovin' Spoonfulのクエスチョンを30年越しに聴く者に投げかけてくる。
 「どこにいる」と「ここにいる」の中では自分の存在を問いただしているが、中村の予測不能な発想力は、続く童謡「まる・さんかく・しかく」でたちまち宇宙の果てまで飛び出してしまう。そしてThe Beatlesの音楽要素を意味深に、そして自由にちりばめた「永遠なるもの」でアルバムはクライマックスを迎える。
 2015年には忠実な再現ライブも行われたほどの名作だ。発表から長い月日こそ経ったが、本作が色あせて聴こえる時代などしばらくやってくる様子はなさそうである。