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Keith Jarrett – The Köln Concert (1975)

 350万枚以上を売り上げたレコードは世の中にあふれているかもしれないが、それが全編ピアノソロで構築され、さらに楽譜も存在しない完全な即興ライブとなるとどうだろうか。Keith Jarrettによる前代未聞のアルバム『The Köln Concert』のコンセプトはそれだけでも十分挑戦的だが、演奏の内容は息をのむほど美しいメロディに満ちている。ジャズの歴史に残る傑作にして問題作だ。
 コンサートではJarrettが持っていたクラシック音楽の繊細な素養と、Miles Davisとのセッションで培われてきた土壇場での大胆さが結実している。鋭く突き刺す連弾の後に、ショパンのように優しいメロディへとまったく自然に繋がっていく展開は、彼にしか出来ない芸当だ。
 しかし、当日の現場ではひと悶着起きていた。不眠に加えて長旅による背中の痛みを抱えていた彼の体はまさに最悪のコンディションで、ピアノに至っては高音部と低音部が聴くに堪えない代物だったのである。Jarrettの演奏は確かに美しいが、時おり聞かれるうめき声(たびたび批判されるが天才ピアニストにはつきものだ)や感情的な鍵盤のタッチには、あふれる激情を必死に抑え込むかのような生みの苦しみが表れている。
 『The Köln Concert』のジャンルレスな完成度の前には、もはやジャズやクラシックという言葉の括りさえ必要ない。確かなのは1975年1月24日のケルンに音楽の神が立ち会っていたということだけだ。