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共創がもたらすもの

 今、既存の制度や学問体系および方法論は社会の分断を解消する助けにはならず、利他的な支えあいを困難としている。また、近年の社会調査・データの増加や科学技術の進歩の一方で、そのような知見や技術を社会認識につなげたり、社会実装したりすることは容易ではない。今日、理工系の技術と人文学・社会科学の知の融合による実践志向の研究が必要である。

政策志向の学とアクションリサーチ
 社会学においては政策志向の研究というものが少ない。価値自由や、御用学者と批判されないようにといった理由からだ。しかし、この十年ほど、とりわけ東日本大震災を経て、時代の転換期と呼ばれる今、少子高齢、分断社会、格差社会、地方の過疎化といった課題において社会学が政策にコミットしようといった動きがみられる。政策革新は、武川正吾(『政策志向の社会学―福祉国家と市民国家』)によると6段階を経る。すなわち、第1に社会問題の認知、第2に問題解決の模索、第3に合意形成の過程、第4に立法化の過程、第5に行政による準備、第6に制度の実施である。このうち、第1の社会問題の認知の段階と第2の問題解決を模索する段階では調査や分析において、第3の合意形成の過程では政策サークルにおける論点整理や事前評価において、社会学者の貢献が期待されている。しかし、筆者らは、その先の制度の実施もふくめたトータルな社会的コミットメントを考えている。それがアクションリサーチだ。アクションリサーチは、ディタッチメントという従来の研究姿勢を自覚的に超え、現場に共にある協働実践研究である。

 アクションリサーチには、計画・実践の先に、評価・修正・適用の段階がある。他の環境・社会事象への適用へと進むのである。調査の知見を今後に生かす、他の地域に生かすということである。アクションリサーチの知見が社会に広がるには、ナラティブを受けとめる聴衆が必要である。社会的認知度をあげ、サポーターを増やす必要がある。実践に強くコミットした研究に対して、研究者のやる事か、といった反応もあるが、アクションリサーチを知っている人、実践している研究者は、そのような反応を荒唐無稽なものと感じる。対象との相互作用、振り返り、リフレクティブな作業自体がアクションリサーチの研究実践なのである。

「地域資源とITによる減災・見守りシステムの構築」プロジェクト(http://www.ssi.osaka-u.ac.jp/activity/core/disasterprevention/)は、全国に存在する約20万の宗教施設、約30万の自治会組織を地域資源とし、防災対応を基礎にソーシャル・キャピタルを見える化、つなげる化し、新たな縁を実践的に模索する試みである。神社・寺院は、昔から地域の集いの場、住職、神主は地域住民を把握している場合が多く、地域の高齢者の見守り、子育て支援とも親和的である。防災の取り組みは、新たなコミュニティの構築であり、大災害時のみならず、日常の新たな「縁づくり」とも言えよう。

 今、東海地震、首都直下巨大地震、南海トラフ巨大地震などに備えた防災への取り組みがある。このような大災害が発生すれば行政の力だけでは足りない。広域にわたり電力が失われる。連絡もとれない。道路が寸断され、流通備蓄も機能しない。宗教施設の避難所運営、そして科学技術との融合による減災の取り組みは社会的要請でもある。

 思いやり(利他主義)、共生社会貢献といったものは、さまざまな所に標語のように掲げられている。しかし、言葉だけを発信しても結局、人は変わらない。一つには、さまざまな共同作業を通して、人びとが互いの価値観の衝突を乗り越える経験をすることが大事だ。仲良しグループの中だけで、予定調和的に顔色をうかがいながら表面的に仲良くしていたのでは、心の底から相手を尊敬し、相手の立場を思いやることはできない。そこからは本当の意味での利他的な行動は生まれない。筆者は「価値観の衝突は心の栄養剤」と言っている。

 もう一つは、思いやり、利他的精神を持った人の実際の行動を見るなど、生きたお手本(ロールモデル)と接することが必要だ。これまで筆者がさまざまな場で出会ってきた、社会貢献している人たちに共通するのは、皆、あの人と一緒なら参加したい、頑張りたいという思いを起こさせる人たちだ。彼ら彼女らは、周りから信頼され、誠実に物事を進めていた。そして、「頑張り過ぎて倒れてしまわないように楽しく取り組もう」というような思いやりも持っている。社会貢献できる人間力というのは、こういったところにあるのだろう。

 支え合う利他的な社会共生社会の構築のために、人文学・社会科学の知と理工系の知、大学外の知との融合による「共創」は可能か。答えはイエス。理想主義と揶揄されようが、すぐに成果が見られなくとも粘り強く継続する姿勢が大切なのではないか。共生社会にむけて、いま居る場での自分なりの社会貢献が求められている。日々の営みのなかで小さな実践を積み重ねようという一人ひとりの意識によって、社会も変わっていく。ひとりひとりの価値観、取り組みが世界を変えていく。ハトマ・ガンジーは言っている。

You must be the change you wish to see in the world.
この世界に変化を望むなら、自分がそのように変わらなくてはならない

 社会に何か問題があり、変化を望むなら、まず自分が動き、関わっていかなければいけない。筆者もそのように実践したいと、自らの足りなさに涙しながらアクションリサーチを進めている。

参考
・稲場圭信「共生社会にむけての共創」、志水宏吉ほか編『共生学宣言』(2020)大阪大学出版会、pp.193-213.


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