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スピリチュアリティ:現代人の宗教意識と精神

稲場圭信「スピリチュアリティ:現代人の宗教意識と精神」『キーワード 人間と発達』(大学教育出版)(2007) をもとに加筆修正。

 スピリチュアリティは、霊性、精神性と日本語に訳されることがあるが、その概念はかなりの広がりをもつ。スピリチュアリティは、目に見えないつながりの感覚や意識、あるいは、人間を超越したような存在との関係や見えない生命力とのつながりなど幅広い意味を含み、その概念のもつ要素としては、超越的な次元、人生の意味と目的、人生における使命、生の神聖さ、物質的な価値の非重要視、利他主義、理想主義などがあげられる。

 スピリチュアリティを新たな宗教研究の対象とする日本の研究者の定義をひとつあげてみよう。「個々人の体験に焦点をおき、当事者が何らかの手の届かない不可知、不可視の存在(たとえば大自然、宇宙、内なる神/自己意識、特別な人間など)と神秘的なつながりを得て、非日常的な体験をしたり、自己が高められるという感覚をもったりすること」(伊藤雅之、2003『現代社会とスピリチュアリティ』渓水社)。

 キリスト教の立場では、スピリチュアリティは聖霊の働きとして捉えられる。仏教哲学の立場では、鈴木大拙の『日本的霊性』に、物質と対置される精神の奥に潜在するはたらきとして霊性が位置づけられている。しかし、現代の日本社会でスピリチュアリティという語が使用されるのは、医療、臨床心理、芸術などの場が多く、語り手は、医師、カウンセラー、心理学者、教師、宗教者、芸術家、ヒューマンケア従事者などである。

 言葉としては、一般社会に広く浸透しているとは言えないが、スピリチュアリティの意味するような意識や感覚を経験したり、信じたりしている人は少なくない。
 世界保健機関(WHO)は、1998年に健康概念の3つの柱、身体的(physical)、精神的(mental)、社会的(social)に、あらたに、スピリチュアル(spiritual)を加えることを検討した。そこで議論されたスピリチュアリティの含まれる項目は以下の通りである。

1.見返りを期待しないで他者に親切にすること
2.他者を受容すること
3.他者を許すこと
4.生きていく上での規範
5.自由に信仰すること
6.信仰を持つこと
7.希望
8.畏敬の念
9.内的な強さ
10.人生を自分でコントロールすること
11.心の平静を保つこと
12.人生の意味
13.絶対的存在との連帯感
14.統合性・一体感
15.物に執着しないこと/物に愛着を持つこと
16.死と死にゆくこと
17.無償の愛
18.特定の宗教を持つこと

 欧米では、宗教にかわる語として、スピリチュアリティの語を使用する人が増えている。20世紀における社会の世俗化の流れに加え、組織宗教に対する否定的なイメージが増す中、スピリチュアリティという語は欧米社会の中に広く浸透していった。

 日本の書店では、精神世界に関する書籍のコーナーが相次いで設置されている。精神世界のコーナーで扱われる思想や文化は、欧米、とりわけアメリカで1970年前後から若者の中で広まったニューエイジにその源流をもつ。自己の内部や自然の秩序全体にある内的なスピリチュアリティが、人生・世の中の間違いを正していく鍵となると考える思想である。精神世界のコーナーの書籍は、瞑想、ヒーリング、気功、輪廻転生、臨死体験などで、そこにはスピリチュアリティの文字が溢れている。

 また、若者の間では、占いに加えて心理ゲームが広まり、心理学ブームが進行している。心の問題が社会的にも重要視され、福祉、介護、ターミナルケアの分野でもスピリチュアリティという語が使用されている。ありのままの自分や本当の自分など自己の内面をみつめ、他者や自然との関わりを強調するスピリチュアリティは、現代人の宗教意識、精神と深く関わっているのである。


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