在宅医療は書類の山

 印刷した紙の山が、毎月クリニックの机を占領している。在宅医療では、たくさんの書類を発行しなければならない。電子カルテは、書類作成支援システムでもある。
「紹介状」
「診療情報提供書」
「在宅療養計画書」
「退院時共同指導説明書」
「主治医意見書」
「医師意見書」
「訪問看護指示書」
「特別訪問看護指示書」
「精神科訪問看護指示書」
「精神科特別訪問看護指示書」
「褥瘡対策に関する診療計画書」
「訪問リハビリ指示書」
「マッサージ同意書」
「あん摩マッサージ指圧同意書」
「介護職員等喀痰吸引等指示書」
「自立支援指定医療診断書」

 外来を例に在宅と比較してみよう。
 一人暮らしの伯母さんが老人ホームに移ることになった。ホームで訪問診療をお願いしたら、以前の主治医から紹介状(診療情報提供書)をもらってくるように言われた。月一回降圧剤をもらうため通院していたのだ。
 そんなの電話すれば送ってもらえるよ、と私は胸を張った。(だって在宅ではそうだ)電話してみると、「病院まで取りに来てください」(外来は違っていた)責任をとってもらいに電車で一時間。すると、「直接先生にお願いしてください」診察を一時間待って、ようやく主治医に会う。「紹介状の宛先は?」〇○○クリニックです。「どんな字ですか?」漢字を説明すると、紙カルテにメモした。支払いのため窓口へ。「あ、出来てからで結構です」郵送してもらいたいのですが。「連絡します。取りに来てください」急ぐのですが。すると窓口の女性が目を細めた。「先生、書くっておっしゃってました?」(え?)宛先をメモされてましたけど。「そうですか、それでは一週間くらいですね」主治医は院長大先生。一週間後、私から電話した。「あ、出来てますよぉ」再び電車で一時間。「二百五十円です」電車賃は計千六百円。(在宅では無料です)
 毎月できる書類の山は、診療情報提供書をケアマネージャや訪問看護師や薬剤師に郵送するからだ。老人ホームや遠くに住むご家族に送ることもある。つまり、送る書類は患者数の三倍にもなる。患者百人を担当している医師は、毎月三百通書くことになるのだ。
 カルテを書くとき、患者は目の前に居る。ところが、月末に書くときは、思い出さなければならない。これが結構つらい。「写真をアップできるようにしてくれ」という要望も分かる。
 NTTで直属の部下三百人の人事書類を書いた時代がある。同僚と二人、週末に出勤して、机を並べて書く、年二回の苦行だった。診療情報提供書は、毎月の発行が義務付けられている。実態は二カ月遅れもあった。書かずに辞めてしまった非常勤の医師もいた。
 真面目な事務スタッフが「いつまでに発行すべきでしょうか?」と厚労省に問い合わせてしまった。回答は「速やかに」だった。そこで、そのクリニックは診察した日に書類を書くルールにした。しかし、月二回発行することになり、医師も事務も手間が倍増、それに月末までに何が起こるか分からない。
 報告は最新のカルテの内容でよいではないか。そう割り切り、3クリックで診療情報提供書を作ってしまうプログラムを書いた。送付が必要な宛先毎に自動でコピー。これは絶対好評と思ったら、「先月書いた書類をコピーして発行したい」とクレームしてきた医師がいた。患者が書類を開封し、「認知症」の文字を見つけて激怒したらしい。「本人見るかもバージョン」の書類を先月書いた。それをコピーして使いたい。なるほど、いろいろなケースがある。
 書類が山になるのは、印刷してすぐ封かん、発送できないからだ。宛先毎に書類をまとめ、郵便代を安く抑えている。もし三百通を定型郵便で送ると二万五千二百円かかるが、ケアマネージャは患者数人を担当しているし、薬局大手は数十人。書類は三百あっても、送付先は三十、すべて定形外50グラム以内だったとすると三千六百円で済む。
 書類の山に数人群がり「〇〇薬局の患者もういない?」とやっている。どうしても見つからず、個別に印刷しなおす。○○薬局の患者が揃うまでは発送できないから、机が占領される。
 事務スタッフは、書類発送だけが仕事ではない。電話がひっきりなしにかかってくる。保険請求の締め切りは毎月十日。そのあと患者負担分の請求。合間に印刷を進めるので、書類の山が机を占領する。
 月末までに発送できればいいほうだ。それでも一カ月遅れだ。早めるには超過勤務を増やすか、バイトを雇わねばならない。
 ケアマネージャの患者一覧、薬局の患者一覧などは、事務スタッフが個人でエクセルなどで管理していた。システムに「一覧を出してほしい」と要望があった。そこで閃いた。宛先毎に書類を印刷すれば、そのまま封かんできる。すぐ発送できるから山はできない。
 事務スタッフは従来の方法に固執する。トラブルはごめんなのだ。やって見せなければ信用されない。そこで、私がやると宣言した。それが十二月だったので、一月三日から出社した。印刷しながらプログラムを直し、二カ月間一人でやってから部下に引き継いだ。部下が半年やってから沖縄のグループ会社に移管した。二十四時間コールセンタだ。電話の合間に印刷と封かん、いまでは数千人の患者の診療情報提供書を、数百の宛先に、毎月、那覇から発送している。十日過ぎには発送を完了している。
 机の占領が消えた効果は大きいのだが。アウトソーシングはコストにうるさい。定型、定形外、レターパックを使い分けるようにした。印刷時、システムがオペレータに「〇〇薬局にはレターパックと定形外で」などと指示する。それまでは、どれを使うか判断が面倒だから、すべて定形外に詰めていた。
https://homis-mics.jp/

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