新型アルト試乗で学ぶ自動車の本質
私の仕事は広義的に言えばニッチな部類ではあるものの自動車関係の仕事に当たります。従って色々な車両を運転する機会が人よりかは多いと自負しています。
自動車雑誌の表紙を飾るような高級車や、スポーツカーを乗れる機会はなかなか無いものの、逆に生活に根付いた庶民的な自動車を扱う事が多いです。
その中でも、先日2時間程乗らせていただいた軽自動車が非常に良かったので紹介したいと思います。
ソイツの名は
スズキ アルト(9代目 HA37S)
元々こういう“あまり背が高く無いボンネットがハッキリした形の自動車”が好きな私は以前から、この9代目アルトはずっと気になっていました。
後述しますが、初のマイルドハイブリッド採用しながらも、そのグレードですら109万円台からというコストパフォーマンスの良さにも大変興味がそそられていました。
さらにマイルドハイブリッドでありながら4WDも選べるという、岩手県出身の私としては今回の仕事で乗るという垣根を超えて、自家用車への選択肢に入るか?という正直言って半分私用の車選びも兼ねていたりもします。
ちなみにアルトという車に関して語ると、今回のnoteを3本立て位にしないとならないので、今回はザックリと私の持っている偏見と知識で説明を下記にしておきます。
アルトという車をザックリでも知っているという方は飛ばしていただいて全く問題は無いです。
アルトとは1979年に発売を開始した、スズキの2ボックス型軽自動車の事である。
初代から一貫して“価格”を重視しており、コストパフォーマンスに優れたベーシック軽自動車の代名詞となっている。
個人的主観では、主婦の買い物やおばあ様の足車というイメージがある。
商用向けモデルのバンやスポーツ向けのワークス、女性向け派生車種のラパン等、様々なモデル・グレードを展開している。
さて、この9代目アルトですが、初のハイブリッドグレードを採用しています。今回お借りしたアルトも“ハイブリッドS”という上から2番目のグレードのモデルです。
ハイブリッドとは記載しているものの、プリウスのようなモーターだけで80キロまで走るとかそういう訳ではなく、あくまでもマイルドハイブリッドという“補助的な立ち位置”で走行用モーターが採用されています。
この“補助的な立ち位置”というのは、例えば坂を登る時や、信号からの発進等、軽自動車が今までアクセルペダルを踏み込まないとならなかった場面、言わば“軽自動車である故の力不足を感じる時”に、さり気なくカバーするように作動するハイブリッドシステムです。
スズキ アルト(9代目 HA37S)内装編
ビジネスホテルの部屋のような
居心地の良さ。
まずは内装から見ていきましょう。
の、前に既にドアの開閉音で感心させられました。軽自動車らしからぬ開閉音だったのです。個人的な主観では、今日本国内で販売中の軽自動車の中では最も上質感のあるドア開閉音と言えます。
さてさて、乗り込んで早速驚きました。室内が広いのです。ここ最近の軽自動車は背の高いタイプが売れ線ですが、座高が80cmもある私がシートに座っても、天井までは15cm近く余裕があります。見た目では想像出来ない余裕の車内空間です。
シートヒーターやUSBソケット、シガーソケット等の装備は備え付けられており、利便性は高いと感じました。
余談ですが、この純正ディスプレイオーディオースはプリインストールで壁紙や時計のフォントが数種類から選べたりと地味ながらもカスタマイズ性に富んでいて個人的には好感が持てました。
室内パネルにソフトパッドが取り入れられている部分は無いです。助手席正面の紺色の部分もプラスチックでした。ステアリングやドアハンドルやディスプレーオーディオの周りにぐるっとサテン調のシルバーのプラスチック採用されている以外は黒一色といった飾り気のない内装をしています。収納も多いとは言えないものの、普段使いする上で足りないと感じる事は無いとは思いました。
飾り気こそ無いものの、居心地の良さは抜群です。例えるならば、ビジネスホテルの部屋みたいだなと感じました。派手さは無いものの、長く滞在しても飽きは来ないし、リラックスして過ごす事が出来るといった感じです。
個人的に最も感心したのはシートです。
表皮はデニム調のデザインをしています。
そういえば最近はデニム風のジャージがありますが、そういう感じの触り心地です。スポーツ素材のようにサラサラとしていて触り心地が気持ちが良いです。大人1人が座るにはフィット感はあるものの、アームレストも無いので、右左折時に少しだけ滑ってしまう感じはあったが、余程勢いよく曲がらない限りは気にはならないと感じました。
座り心地が本当に秀逸で、例えるならば高級食パンやシフォンケーキのようなモッチモチなシートなのです。
最近の自動車は、いつからか欧州車風の硬めの座り心地のシートが主流となりました。
しかし、個人的には体に合わないのか腰が痛くなってしまい、あまり好みではありません。欧州車には欧州車たらしめる環境や路面状況といったフィールドがあってあのシートの硬さなので日本には不向きなのではないかと私はずっと思ってます。
しかし、本当に自宅の部屋に置きたいと思った程のシートはこれが初めてです。厚みは無いのにどうしてここまで座り心地が良いのか不思議です。スズキのシート開発陣は相当な苦労をして創り上げたのでは無いでしょうか。
余談ですが、こればかりは人それぞれの好みにもよりますが、助手席と運転席で分かれたセパレートタイプのシート配置をこの9代目アルトは採用しています。収納面ではそちらの方が優秀ですが、折角モチモチで落ち着ける座り心地ですから、個人的にはベンチシートを採用していたら、もっとこのシートの良さが出るのでは無かろうかと思いました。
スズキ アルト(9代目 HA37S)運転編
クラスを超えた静粛性と
ステアリングフィール
いざ走りだす、いや驚きました。
驚きと感心の連続です。本当に。
正直言って今回のアルトに、そこまで走行性能は期待していませんでした。
これは私の主観ですが、アルトという車は、あくまで主婦の足車だとか、お婆ちゃんの愛車といった先入観を持っていました。
従って私がこの車を乗る事は楽しみしていたのは間違いないのですが、それは先述したマイルドハイブリッドのフィーリングと4WDでありながらの燃費の良さを体感したいという気持ちの方が強かったです。
最も、それだけだったらわざわざnoteに書いたりはしません。
内装の質感だけでは無く、走行性能も従来のアルトのイメージどころかそれまでの軽自動車のイメージを遥かに凌駕するものだったですから…。
まずは静粛性です。今回借りたアルトに装着されていたタイヤはダンロップのエナセーブEC300という低燃費タイヤでした。新車装着や、中古車屋さんのご成約特典で組まれがちなコスパ重視のコンフォートタイヤです。
路面の舗装状態に伴うロードノイズこそ拾うものの、新しいアスファルトの上の走行だと“ウォンウォンウォン…”というパターンノイズはほとんど感じられませんでした。それよりも風切り音だとエンジンの"ノイズ"だとかそういうのが殆ど感じられないレベルなのです。
660ccという軽自動車の排気量の制限があるので多少のエンジン音こそあるものの、従来のアルトが持っていた“ノイジーで、いかにもな安っぽい軽自動車のエンジン音”という感じはありません。
アイドリングストップ装着車でしたが、エンジン再始動時の、いかにもセルモーターが稼働した感じもほとんど無く、その辺のフィーリングはプリウス等のクラス上のハイブリッドカーと一緒と言っても過言ではありませんでした。
楽しみしていた、マイルドハイブリッドのフィーリングに関しても、いい意味で期待を裏切られました。
メーター内にアニメーション表示があり、エンジンのみで駆動しているのか、モーターアシストが入っているのかというのが一目で分かるようになっており、私も運転中に目配せをしていましたが、モーターアシストが入っても体感的に大きな変化は無かったのです。
気をつければ分かる程度の変化で、モーターアシストが入ると、そこからアクセルペダルを踏み込まなくても本当に徐々に徐々にスピードが上がって行くような独特なフィーリングで面白かったです。
モーターアシストの守備範囲ですが、概ね60km/h程度までだが1度だけバイパス道への合流でアクセルを踏み込んだ際に70km/h近くまでアシストが入っていました。
このマイルドハイブリッドのアシストですが、先述した通り“軽自動車が苦手な場面で作動する”という代物で、信号からの発進や合流時の加速、登坂時に目立って作動していていたと感じました。明らかにモーターが効いてるなという感覚こそ無いものの、アクセルペダルの踏み込み量は明らかに他の軽自動車の車種と比較すると少ないので、縁の下の力持ちといったフィーリングでした。
ちなみにモーター用のバッテリーはブレーキ時やエンジンブレーキを含めた減速時に充電されるというメカニズムとなっており、メーター内のモニターではバッテリー残量が5段階表示となっています。
私が乗り出した時は2段階目の表示でしたが、私自身が元々エンジンブレーキを多用する運転スタイルだったので、あっという間に5段階目まで溜まりました。逆に、意図してモーターアシストを多用しても1段階目まで落ちる事は無かったので、大容量とは言えないものの、日常生活の使用では全く不自由ない容量のバッテリーを採用していると思われます。
バイパス道の走行が今回の試乗でメインでしたが、上手く交通の流れに乗れず力不足を感じたりアクセルペダルを踏み直したという場面は全く無かったです。アイドリングストップ時はエアコンは冷房が常に作動していましたが、個人的な体感では冷えが悪くなったりとかそういう事もありませんでした。
さて、今回のアルトでシートの次に感動した点があります。
それがステアリングフィールです。
このステアリングフィール、世の中に数多の自動車評論家がいますが、実現出来るなら目隠しをしてこのステアリングのフィーリングを体験して頂きたいです。恐らく多くの評論家がアルトだとは言わず、2クラス3クラス上の車格を持つ車を挙げるのでは無いかと思います。
ドイツの自動車メーカーにポルシェというのがあります。このポルシェのギヤチェンジ時のフィーリングを“糖蜜の中でスプーンを掻き回すようだ”と評した自動車評論家の方がいました。至極究極に滑らかだという意味合いなのですが、このアルトのステアリングフィールは正に“糖蜜の中でスプーンを掻き回すよう”だったのです。
先ほどベタ褒めしたシート同様にもっちりとしたフィーリングです。路面の段差のショック感はほとんど手元まで来ることは無かったのです。それどころか、アイドリングストップからの再始動時にセルモーターの作動による振動すらハンドルには伝わりませんでした。究極に機械的なノイズが削がれた、ただ実直にドライバーの意をタイヤまで伝えくれる、そういうステアリングフィールなのです。
住宅街の中も走行しましたが、1度もハンドルが重たいなと感じる事がなく、決して軽いだけの操作感では無い、絶妙に抵抗感のある滑らかなフィーリングなのです。
このステアリングフィールは2時間では堪能し切れなかった思います。
まさか、軽自動車の中でも庶民派のアルトの試乗で“意のままに操る”という表現が似合うとは夢にも思いませんでした。
サスペンション自体も、軽自動車という限られたサイズの中では奮闘していると思いました。やはりヒョコヒョコと跳ねる印象はあったものの、もっちりシートのお陰で不快感は少ないと感じました。日本の道路に合わせてセッティングされたという印象を受ける。こういうので良いんですよ日本車の乗り心地っていうのは!と、私は試乗中思わず声を出してしまった程です。
さて、試乗を終えて自宅に戻りnoteへの下書きをしつつオンラインでカタログを見てみました。
大絶賛のステアリングフィールでしたが、詳細は記載されていないものの“ハーテクト”という骨格構造をしており、これが車両全体の剛性感を高めつつ、静粛性の向上にも一役買っているとの事のようです。また、ステアリングもEPSという電動モーター式を採用しており、今回のアルトではセッティングを見直したという事で、これはかなり長時間吟味したのでは無いかと、スズキ開発スタッフには表敬しか出ません。
スズキ アルト(9代目 HA37S)
総評
自動車の本質を突き詰めた
ストレスフリーな軽自動車
さて、改めてカタログを見ましょう。
エントリーグレードは90万円台から、ハイブリッドは約109万円からというお値打ち価格となってます。
元来アルトという車は、私の偏見も含まれてはいますし、この記事でも何回か書きましたが、主婦や高齢者の足車というイメージでした。従って"意のままに操る楽しさ"とは縁遠い車種だと思い込んで今回この車をお借りしました。上り坂で唸るエンジンやありとあらゆるノイズが入ってくる車内、そういう先入観を持って望んだ試乗でした。
それがどうでしょうか?2クラス或いは3クラス上の車種に匹敵する静粛性や上質な操作感を引き下げてハイブリッド機構まで付いて生まれ変わったのです。
先程書いたように、これ程に進化した車種ながら、この価格設定は異例とも言えるリーズナブルさです。
この価格帯なので、アルトという車種の1台あたりに割けられる予算も相当限られたと思います。"上質さ"という概念だけで言うのならば、例えば内装に加飾パネルを追加したり、レザー調シートを採用したり見た目の進化が1番シンプルにユーザーへの訴求力があるはずです。しかし、今回スズキの開発陣はそういった万人に分かるであろう部分からアプローチするのでは無く、ハンドルの操作感や運転中のノイズのみならずドアの開閉音といった様々部分の静粛性にこだわっているように感じます。
こういう部分を研ぎ澄ましていく開発は本来、スポーツカーや高級車に見られる傾向です。
しかし、いくら価格差があろうとも自動車という工業製品において最低限求められるのは"走る・止まる・曲がる"という部分です。それは軽自動車のベーシックカーでもスーパーカーでも変わりません。きっとスズキの開発陣はこのアルトという車種の開発に差し当たり、自動車の本質を考えに考えて突き詰めたのでしょう。
この9代目アルトという車は、自動車という乗り物のあり方を根底まで掘り下げた結果生まれたような気がしました。
購入を迷っている方がいたら是非試乗をしてください。きっと良い機会になると思います。
自動車のあり方や本質というものに改めて気付かされた機会をくださったスズキの開発陣営から、今回試乗する機会をくださった方々へこの場を借りて感謝を申し上げます。