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パラダイムシフト的な何か、あとカイジとか

パラダイムがシフトした。私が5歳のときだ。三角座りでテレビを観ているとき、それは起きた。

当時、「野生の王国」というドキュメンタリー番組が放送されており、私はこの番組をとても楽しみにしていた。

「落ち着きがありません」

小学生の頃、いつも通知表に書かれていた私ではあるが、なぜか「野生の王国」だけは静かに30分間、三角座りを崩すことなく観ることができたのは今でも不思議に思っている。

ある日の放送。トムソンガゼルが主役だった。皆さんはトムソンガゼルと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。

「あの有名なスコットランドの探検家、ジョセフ・トムソンが名前の由来だよね」とか、

「ああ、肉といえばガゼルに限るね。赤ワインとの相性は抜群さ」なんて人はいないだろう。

トムソンガゼルと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、いつも腹を空かせたチーターなどの肉食獣に追いかけられている光景ではなかろうか。

機敏な動きで逃げ回り、切れ味するどいフェイントを駆使するも、あえなく捕まり、The  End ジ  エンド。最終的にはブチハイエナの群れに囲まれ、跡形もなくなるという、お決まりのパターンである。


ところで、ブチハイエナって怖くないですか?見た目も狂暴だし、あの一心不乱に死体をむさぼる姿は子供心に恐怖であった。

ちなみにこの頃、ブチハイエナと同じくらい恐怖におののいていたものがある。プロレスラー、タイガー・ジェット・シンだ。

何がそんなに怖いのかって?そりゃあんた、頭にターバンを巻いたインド人が、口にサーベルをくわえて頭を規則的にフリフリしながら向かってくるんだぞ。おまけに新宿伊勢丹で買い物をしていたアントニオ猪木夫妻を襲撃するんだぞ。

狂った虎と書いて、インドの狂虎。いまでもトラウマである。虎だけに。


その日の放送も、肉食獣から逃げるトムソンガゼルという、お決まりのパターンだった。しかし、いつもと少し様子が違う。

小さい子供を連れた、親子の物語であった。

母ガゼルと子ガゼルが、のんびりと草を食べている。すると何かの気配を感じたのか、母ガゼルがじっと一点を見ている。

刹那!!!草むらから一頭のチーターが飛び出してきた。

「あぶないっ!」

思わず声がでる。必死に逃げる親子。

チーターは最初、近くにいた母ガゼルを目掛けて突進したが、既の所すんでのところでガゼルが身をかわす。

「よし!今だ!逃げろ!逃げるんだぁぁ!」

しかし、チーターの判断は速かった。瞬時にターゲットを子ガゼルに変更、急旋回した。

「えっ……!?」

わずか数秒の出来事だった。ぐったりしている子ガゼルは、もう動かない。

その光景を母ガゼルは少し離れたところからジッと見ている。なんとか助けられないものかと思案しているようだ。しかし、やがてあきらめ走り去ってしまった……




「なんて日だ!今日は一体なんて日だ!」




あの子はなんも悪いことしとらんやん。なんでこんな目に遭わなあかんの。まだ小さいのに、これじゃ何のために生まれてきたんかわからんやん。

悲しい、悲しすぎる。

神様なんていない。

あぁ、無情。



数か月後。
またいつもの如く、三角座りでスタンバイ。

今日はライオンの親子。2匹の赤ちゃんライオンが母ライオンに甘えている。とてもかわいい。

しかし、何となく母ライオンの元気がない。少し痩せているように見える。そう、実はこの親子、しばらく何も食べていないのだった。

百獣の王ライオン。とはいえ狩りの成功率は25%ほどだと言われている。

捕まえてしまえば、その鋭い牙や爪で仕留めることは容易だが、自分より小さい草食動物は、スピードと持久力もライオンより優れていることが多い。

時にはゾウやキリンなど、自分より何倍も大きな動物を狙うこともある。

しかし、単独行動になると成功率はぐっと下がる。大型動物に対しては、群れで協力しないと難しい。

だが、この母ライオンはなぜか単独で行動する。ライオン界の一匹狼。ややこしい。

母ライオンは出来るだけ体力を温存するため、眠るように横たわっている。何も知らない子ライオンたちは、その周りで無邪気にじゃれあっている。

それから数日後、ライオンの親子は互いに体を寄せ合いながら、じっとしている。

眠っているだけなのか、体力がなくて動けなくなっているのか、遠目には判断がつかない。

ただ、しばらく何も食べていないのだろうな、と容易にわかるほどに痩せている。

「このままじゃ死んじゃう……」

すると、母ライオンが最後の力を振り絞るかのよう、ゆっくりと体を起こし、遠くを眺める。その視線の先には……

トムソンガゼルだ!

しかも、群れから少し離れた所、親子2頭だけでのんびり草を食んでいる。

チャンス!チャンス!チャンスだ!

母ライオンの目はハンターの鋭さを取り戻していた。気配を消し、右から廻り込むように、ゆっくり、ゆっくり、近づいて行く。

まるで私も狩りに参加しているように、静かに息を潜める。三角座りの、組んでいる手に力が入るる。

「今だっ!!!」

母ライオンは草むらの中から一気に駆け出す。その姿は命を賭けている者にしか発することのできない気迫を纏っていた。

大きな母ガゼルを狙って襲いかかったが、ギリギリの所でかわされてしまう。

「あぁ、惜しい!」

だが、母ライオンの目はまだ死んでいない。子どもたちの命が懸かっている。ここで諦めるわけにはいかない。子ライオンたちも息を呑んで遠くの草むらからじっと見ている。

母ライオンは間髪入れずターゲットを子ガゼルに変更、急旋回する。俊敏なガゼルとはいえ、しょせんはまだ子ども。みるみる距離が縮まっていく。

「行け、行け、あともうちょっと……!」

子ガゼルが方向転換しようとしたとき、バランスを崩してよろけた。

「今だっ!!!」

母ライオンは前足を伸ばし、子ガゼルのお尻に爪を引っ掛ける。

「よしっ!」

子ガゼルが口を開けながら倒れる。その瞬間、母ライオンが喉元に食らい付く。子ガゼルは観念したように、もう動くことができない。

ついに、ついに……数週間ぶりに獲物を仕留めることに成功した……



「よっしゃぁぁぁーーー!!!」

「とったどーーー!!!」



子ライオンたちがたまらず駆け出す。久しぶりのご馳走だ。

「やったー!」

「やっぱり僕たちのお母さんは強いんだ!」

「お母さんありがとう!」


よかったね。本当によかったね。お腹ペコペコだったもんね。もうちょっとで死んじゃうとこだったね。

嬉しい、嬉しすぎる。

神様ありがとう。

あぁ、感謝!












ざわ……











ん?

なんだ?

なんなんだこの違和感は……









ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ……








おかしい、何かがおかしい。

落ち着け、落ち着いて考えるんだ。


まず、ライオンの親子がいた。とてもお腹を空かしていて、もう動く元気もなかった。

そして僕は、子供のライオンがとてもかわいそうだと思った。そこにトムソンガゼルの親子が現れた。

母ライオンは母ガゼルに襲い掛かる。かわされる。すぐに狙いを子ガゼルに変更する。そして、仕留めた。めでたし、めでたし。




ん……?!




ちょっと待て。なんだこの既視感は?どこかで見たような気がする。いつだ、いつだったんだ!思い出せ、思い出せ、思い出すんだ!




あっ……!




これは、数か月前に見た景色と同じではないか?騙された!番組の構成スタッフにまんまとめられた!

前回の放送から時間をおき、人間の記憶の薄れ、すなわちエビングハウスの忘却曲線を巧みに利用する、大人のいやらしさが垣間見える。

さらに、「こうやっておけばあいつら気付かねえだろ」とまるで視聴者を小馬鹿にするような、チーターからライオンへのキャスト変更。

そして、親子の物語を前面に押し出すことにより感情を大きく揺さぶる。


やられた……完全に騙された……


あの日、ガゼルがやられて涙したこの俺が、今日はガゼルがやられて喜んでやがる。あのとき、神を恨んだこの俺が、今は神に対して感謝してやがる。

くそったれ、なぜ気付かなかったんだ。

ちくしょう、ちくしょう、俺はなんてことをしてしまったんだ……









「うおぉぉーーー!利根川ーーー!!!」











パラダイムシフトとは。

その時代や社会において、常識的な考えかたの枠組みパラダイムが、革命的、劇的に大きく変換シフトすること。物事の考え方が、根本的に変化することだ。

肉食動物に食べられる草食動物はかわいそう、というパラダイム。しかし、肉食動物の立場になって見てみると、そのパラダイムは簡単にシフトする。


自分がどの視点に立って物事を見るのかによって、世界の見え方がまるっきり変化してしまう。



私は、わずか5歳にしてパラダイムシフトを経験した。そして、相手の立場になって考えるということの大切さを学んだ。

それは決して、「野生の王国」だと思っていたら、実は「カイジ」だったというパラダイムシフトではない。あしからず。





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