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「罪人の選択」の感想

俺と貴志祐介との出会いは……というか貴志祐介の著作との出会いは中学生の時分である。
学校の図書室で何とはなしに書架の本どもを吟味していると気になるタイトルが。
「青の炎」
とある。
そしてそいつを手に取り──今に至るというわけだ。
つまり俺は奴のファンになったのである。
「ISOLA」
「黒い家」
「天使の囀り」
「クリムゾンの迷宮」
「硝子のハンマー」
「新世界より」
「悪の教典」
大体網羅した。あとは「ダークゾーン」と「雀蜂」と最近追加された「我々は、みな孤独である」を読めばとりあえずは完走である。とまれ、それも遠くない話だろう。
何せこいつの作品はどれも面白いのだ。
俺はこいつをエンタメ小説界の至宝と考えている。筆力があり、取材を徹底して行い、なおかつ読者に負担をかけないようやたら込み入った表現や漢字を使わないといった配慮や中二心をくすぐるワードを散りばめることも怠らない。あとは刊行ペースをもう少し上げれば完璧(「新世界ゼロ年」何年待ってると思うねん。「我々は、みな孤独である」なんて出してる場合じゃねーぞ)。
いわゆる世の中のエンタメ志向のアマチュア作家が理想とするところなのである。そしてそれはnoteにおけるパルプ信者も例外ではない。
貴様ら、貴志祐介を読め。そんな押し付けがましい想念が俺を支配しているのである。
そういうわけでぜひ諸君には貴志祐介を履修していただきたいものだ。

さて前置きが長くなったが、この度俺が大ファンな貴志祐介の短編集「罪人の選択」を完読したので感想を言いたい。言わせてくれ。
この本の概要を簡潔に述べると、貴志祐介がそのキャリアの中で世に出した短編を四つまとめたものだ。
「夜の記憶」1987年
「呪文」2009年
「罪人の選択」2012年
「赤い雨」2015年
の四編である。以下話のあらすじと感想(※ネタバレを含む)↓

夜の記憶
未来、地球外生命体の侵略によって絶滅の危機に瀕した人類は、遠い惑星における原住民間の争乱の調停を条件にした侵略者との取引によって人類再生のチャンスを得る。そして人類は「共生シンピーチップ」なる素子に、複製されたチップ適性者の記憶と人格を託して件の星へと送り出す。
主人公はそんなチップの適性者の男で、地球から遠く離れた星の暗い深海を泳ぐ海棲生物の原住民の遺骸に寄生したチップが、男の記憶を引き継いで人類再生のために任務を遂行する。
(感想)
設定はよくできていた。主人公が寄生した生物の器官や、深海の世界の描写なんかはすごく面白い。のっけから深海の描写から話が始まるんだけど、こういうわけのわからないところから筆を進めていき、やがて世界の全貌が明かされていくという流れはSF小説によくある手法だよなと思った(光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」とか福井晴敏「終戦のローレライ」とかハインラインの「夏への扉」とか)。
その後地球の主人公(過去)⇆異星のチップ(現在)という具合に交互に話が展開していくのもページを繰るのを後押ししてくれたように思う。
けれどもこの話の核となる、「夜の記憶」というのがとってつけた感というか、「はい、ここ大事なシーンですよ〜注目して下さいね〜」という感じで狙いがスケスケで、これはもう少し「あの時、強く刻まれた記憶」であるという説得力が欲しかったかも。
普通。

呪文
人類が宇宙に進出して、植民地惑星化を推し進めている時代の話。アマテラス第Ⅳ惑星『まほろば』にて、ストレス発散のために自作した神様の像を傷つけるという「諸悪根源信仰」の実態を調査するため、星間企業インターステラの一つ「YHWHヤハウエ」が、古代日本の精神文化の専門家である主人公を派遣する。諸悪根源信仰は、銀河系を支配しつつある星間企業にとっては、莫大な不利益を被る可能性がある危険な傾向である、という流れ。
(感想)
貴志祐介お得意のPK &ホラー。やっぱりこういうジャンルはホームなのか、筆も冴え渡っている。人間の狂気というのがよくよく伝わってくる。
短くまとまっているし、最後に綺麗に伏線回収してどんでん返しも決まっている。
にしてもnintendoが出てくるとは思わなかった。草
おもろい。

罪人の選択
主人公Aは、戦争中死んだ友人の嫁に食料を分け与えたことをきっかけに姦通をやらかしてしまう。しかし実は生きていた友人が復員してきてやらかしがバレ、報復のために猟銃を突きつけられて防空壕の奥に連れていかれる。
そこで主人公に焼酎と缶詰を突きつける。
「どちらかを選べ。焼酎ならば、コップ一杯を飲み干せ。缶詰なら、中身を全部喰うんだ。途中で吐き出したら、贖罪の意思なしと見なして射殺する」
と言う。
どちらかに青酸ソーダがぶちこまれており、間違えると死ぬ。
こんな回りくどい手を使ったのは、嫁に飯を与えた主人公に対する僅かながらの配慮らしい。
これを踏まえて、
「正解は、おまえへの感謝、毒入りの方は、おまえに対する憤りだ」
というヒントを与えられるがそんな適当な物言いじゃどちらかわからない。
主人公は頭を働かせ、与えられた限りある情報を元に生き延びる道を必死に模索する。
それから十八年後。クズ主人公BはAの友人の娘によって全く同じシチュエーションに遭う。Bは娘を裏切った上に娘の妹に手を出して捨てたクズ。ゆえに因果応報だが、また、娘は彼に少しばかり恩もあったので父親と同じく情けをかけるという。
そして十八年前に使われた缶詰と焼酎の二つを突き付け、選択を迫る。
Bもまた、Aと同じく必死に生き延びようと頭をフル回転させるのであった。しかしBがAと違うのは、Bが十八年前の状況を朧げながらも聞き知っていたことである。
果たしてBはそのアドバンテージを活かすことができるのか。
(感想)
これぞ貴志祐介の真骨頂といった作品。SAWやCUBEといった系譜に連なるソリッド・シチュエーション・スリラー&サスペンス。人によってはカイジに似ているように見えるらしい。
四つの中だと一番面白い。
夜の記憶と同じく過去と現在を交互に行き来しながら話が展開していくのだが、こちらの方が遥かに読ませる。思うに、貴志祐介はヒューマニティで虚飾した万人受けを狙った作品(最近のつまらない方の邦画なんかでありがちなあれ)よりも、こういう人倫を廃した作風の方が向いている(悪の教典なんか書いてて本当に楽しそうだったもんね)。ああいう狙いに狙ったドラマ志向の作品は同作者の「新世界より」レベルに話を広げ、文字を積み重ねなければ成功しないのだろう。そういうこともあり、ダークな持ち味を活かしたことが功を奏しているように感じた。
クズが必死に頑張るけど結果悲惨な目に遭う当ジャンルにおけるお約束もちゃんと踏襲されている。
しかし俺はこういうクズでも主人公に心情を投影してしまうくせがある。いや、むしろクズであるからこそズル賢く、強かに生きてもらいたいものだ。
というのもこの状況ってかなり理不尽で、俺は理不尽が大嫌いなのである。たとえそれが俺自身が引き起こした理不尽のツケを払わせられるという形であっても。
故にこういうのは勝ってもらいたいものだ、というのは俺のわがままだ。
とまれ、始めからオチまで刮目させられる傑作。
クソおもろい。

赤い雨
未来。巨大企業が遺伝子工学を駆使して開発した赤い藻類「チミドロ」がアホエコロジストのテロによって各地に撒き散らされ、世界がえらいことになった未来。人類は降り注ぐチミドロの雨から身を守ることができるドームに住まう特権階級と外のバラックで雨に打たれて早死にする運命にある貧乏人二つに分かれ、貧乏人は特権階級を妬んでいる。
主人公はチミドロの雨によって世界中で蔓延する疫病RAINを治療するため、日々ドームの中で治療法を模索していた。ある時、安全に隔離されたドームの中へ、疫病感染の後死亡した遺体(検体)を密かに持ち運べる機会を手にする。これによりRAINの治療法を確立できる可能性が上がるが、しかしそれはドーム内では禁忌とされていた。
(感想)
どんな波長の光でも光合成ができる藻類、という設定だけでもう面白い。後半の裁判シーンも手に汗握る感じで良い。けれど主人公があまり頭が良くなく、詰めが甘いのが欠点。お前本当に難解試験突破した秀才なのかよ(まあこれは作者が、全ての登場人物を作品の駒としてしか認識していないのが要因だからしかたないとも言える。主人公をバカにしないと話が進まないのだ)。
しかし全体的にこじんまりとした手触りで、ふーんというくらいの感想。設定と裁判シーンがおもしろさの九割です。
おもろき。

こういう短編をもっと出してもらいたい。


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