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クローン変態映画 in 俺

 デューソもオッパンへイマーも観に行く気が起きないのでサクッと観れる映画を観たいと思い、「インフィニティプール」に突撃した(AAA級映画は観る方も覚悟がいるから劇場に行くのも一苦労である)。
 エログロ変態ビジュアル映画監督ことクローネンバーグ氏の息子さんが監督を務めており、見目の良いものアイ・キャンディが映画に求める要素の九割を占めている俺に最適だと鑑賞前から感じていた。
 予想は当たった。静謐で美しいが常に不穏さが漂う共産主義風ブルータリズム建築と作品全体に漂う変態性は大変好ましく、ともすれば俺も映画の舞台を訪れたいと思ってしまう。
 
 ストーリーは最初少し因習村じみている。売れない小説家が次作のアイデアを求めてリゾート地を訪れ、そこで知り合った自作のファンだという夫婦と(観光客は治安の悪さから来る身の安全の観点からリゾート地から出ては行けないというルールをかせられているにもかかわらず)ドライブに出かけるがそこで人を轢いてしまい、速攻で警察に逮捕されて死刑確定!……が、死刑をクローンに肩代わりさせ、そこで自身が殺される様を見せられることで免罪されるという驚愕の秘密が……とまあこんな感じのホラー展開なのだが、話が進む内にだんだんギャグじみてきて、実はギャグ映画なんじゃないかと思えてくる。というかギャグである。弁護人もなし、裁判もなし、即死刑。即時量刑もいいところだ。何かのコントか。司法はこの映画において存在しないのだ(まあそれは映画の主題ではないので別にいいのだが)。
 この映画においていわゆる驚愕の真実とやらは割とどうでもよく、問題は映画全体に漂う変態性の方にある。
 誰でも自身がはらわたを掻き回されるという残虐な方法で死刑に処される様を見れば、とっととそのリゾート地をおさらばしたいと考えるのが普通だ。だが主人公に限っては違った。彼は自身が殺される様に未知なる倒錯的で変態的な喜悦を見出し、笑みを浮かべるのである。
 更にドライブに誘ってきた夫婦もかつて同じくクローン死刑に遭ったことが判明し、いくら罪を重ねてもクローンに罪を擦り付けることで放免になるというシステムを利用し、みんなして好き放題を始める。ムカつく奴はぶっ殺し、法律で禁止されているドラッグ(所持しているのがバレたら死刑)をキメて(妻帯者であるにも関わらず)乱交を始める。そして遂には先輩死刑経験者らの手引きによって警察に金を払って作られた自分のクローンを殺すという自分殺しすらも達成してしまうのである。
 最後にはあろうことか、先に帰った妻の待つ家に帰ろうともせず、雨季が訪れて誰一人いなくなったリゾート地に残ってしまう。
 これはどういうことか?これを理解するには主人公の精神性というものを考察する必要があるように思う。
 この映画をスワンプマンや不死身性の獲得によるモラルの崩壊を扱ったものとして捉えることも可能だが、俺はまた別の見方を採りたい。
 作中である種の不死身となったクローン死刑経験者はムカつく奴を殺し、乱交に耽るといった退廃的な「生き方」に魅了されている。しかし主人公は自身が死ぬ場面で薄笑いを浮かべていたことから分かるように、彼はどう生きるかではなく、「死ぬこと」の方に興味があったようだ(なし崩し的に彼らの放蕩や淫行や破壊行為に加わってはいるが)。詮ずるところ自身がクローンであるかどうかなど彼にとってはどうでもよく、重要なのは自身の死を体現することにあるのである。おおよそ理解できない精神性フェティッシュだが、それゆえにこれは変態映画たりえるのだ。
 他の死刑経験者はあくまでバカンスの一環として暴れ回っていたために休暇が終わるとまるで善良な市井の人といった風情でリゾート地を後にする。しかし主人公は行くところまで行ってしまったが故にもはや人間社会に戻ろうともしない。ハマり具合が他と異なるのだ。つまり彼がラストにリゾート地で雨に打たれながら呆然と座っているのは決して自身の罪に慄いていたり、自分自身の実存に疑問を抱いているわけではなく、雨季が去り、再び死の季節の訪れを待ち侘びているからに他ならない。
 この姿は小学生の時にクラスで紙ヒコーキが流行り、廃れた後もまだ紙ヒコーキ制作に精を出していた同級生に近いものを感じる。我々にとってはただの通過点でも彼にとっては人生を捻じ曲げるくらいには重要な事だったのだろう。
 
 冒頭の真っ暗な画面の中で主人公夫婦の会話が始まりやや話し込んだ後に「朝食にしよう」と言ってカーテンが開かれて光が差し込むシーン。このありがちなシーンを見てその先の退屈さを勝手に予想していた俺だが、それはその後の不協和音と共に主人公たちが宿泊するリゾート地をぐりんぐりんと360度回転させながら映し出すスパイラルなカメラワークによって裏切られた。
 この映画の前半はやたらと不穏感を醸し出すことに終始しており、絵作りや不協和音を織り交ぜた音楽の調子もさることながら音響が胃に負荷をかけてくる。何気ない会話の時も背後で極わずかに「ズウゥン」とか「ゴゴゴ」とかジョジョのような重低音が鳴り響いているのである。
 画面の色調にしてもドラッグのトリップ描写を入れるような映画であるからして、MVや映画「ジャスティスリーグ」並にサイケで色鮮やかなものになっても良いはずだが、そこは「ターミネーター4」とまではいかないものの、かなり抑えられている。空も海も美しいが、どこか褪せて見えるのだ。
 またトリップしながら乱交キメセクする時に女性の乳首や女性器から何故か男根が飛び出してくるという結構強烈なビジュアルが提示されているにもかかわらず、そこには興奮や背徳感というのもあまりなく、どちらかというと一歩引いたクールな姿勢を感じた。
 こうした演出の一つ一つが、ともすれば鼻につくようなアート気取り作品になりがちな本作をして、人の心を大きく博つ諧調と色彩と音楽を持つカルト的で変態性に溢れた適切な規模感の美しい映画たらしめている。
 こう書くとつまらない映画なのではと思われるやもしれぬが、実際のところ作品に流れるテンポはとても良い。基本的に場面場面はかなりサラりと流され、トリップシーンですらも必要最低限を攫っただけに見える。それが巡り巡ってギャグのように見えるのは先述した通りだ。そのおかげでほとんど退屈なく観ることができた。
 また、この映画をググるとジャンルはホラーと表示されるのでジャンプスケアを危惧して鑑賞を躊躇う人もいるやもしれぬが、俺が覚えている限りでは一回、それも予想がつく場面で行われるので心臓への負担に懸念がある方々も安心して(?)ご鑑賞頂ける。
 
 俺の渇望するビジュアル面も魅力的だ。
 まずタイトル。イントロのタイポグラフィが面白い。制作会社やスタッフ名の表示が切り替わる度にフォントやバックの色も切り替わるのだが、色の変化は作中でヤクやってトリップした際の視覚表現を冒頭で暗示しているのだろう。フォントに関してはただただカッコよさを重視したように思える。こう言うと意味がないように思われるやもしれぬが、カッコよさというものには意味はなくとも価値はある。世の中何にでも意味を付与すれば良いというものではない。
 それからクローンが生成される警察署。スポメニックに代表されるような共産主義的ブルータリズム建築。これは美しくリッチなリゾート地とは対照的にどこか廃墟的で硬質だ(クロアチアで撮影したらしい)。ここで初めてこの映画の色調が抑え気味になっていた理由が見えた。これはつまり優雅なリゾート地に焦点を当てて色合いを調整したのではなく、この建築を際立たせるために最適化されていたのだ。
 更にクローンの作製方法もなかなか珍妙で、全裸に剥かれた後、ゴム製スイムキャップと口に開口器を着けられて床に謎の赤い液体が張った木製扉とタイル張りの部屋に閉じ込められるというどんな変態プレイだと言いたくなる内容だ。
 舞台となるリ・トルカ島の伝統的なお面。映画の始め、不穏にリゾート地が映し出された後、唐突にこのお面を被った人を正面から捉えたカットがあるのだが、それを見た瞬間の現実が異化されたような感覚は少しばかり強烈で、その絵のあまりの理解不能さに脳が混乱したほどだ。中盤で主人公が盗んだ仮面を「これは俺の顔だ」とばかりに凝視してしまうシーンがあるのだが、これもまた彼がこの島やクローンに魅せられていることを示すいいシーンだったように思う。この映画では仮面がアイコンになっており、要所で用いられている。デザインは映画「武器人間」の監督が務めているらしく、ビジュアル面でのインパクトも抜群だ。
 また、前述したようにこの島の司法は狂っているので、その死刑方法もナイフで腸をくり抜かれるというかなり残酷なそれなのだが、その死刑時の衣装が切腹の邪魔にならないように腹周りが切り抜かれている。この狂った制度のくせして効率的な仕様になっているのが中々おかしく、また、その見た目から実施前に処刑方法が察せられてしまうという嫌な布石となっている。
 
 最後にタイトル「インフィニティプール」の意味について。
 ググるところによると、インフィニティプールとは海側の水面を水平線と平行にしプールの縁を作らずinfinity(無限)に続くように広がるプールのことである。作中のセレブが訪れるリゾート地のような場所に多く見られる。
 また、これは作中の、オリジナルとクローンを並べた時に起こる自身の実存性の揺らぎ、またドラッグによる現実と幻想、果ては正気と狂気(というか変態性)といった二つの境目が曖昧になっていくことを表しているものと思われる。
 なかなかの良タイトルだ。この監督は「アンチヴァイラル」「ポゼッサー」そして「インフィニティプール」とシンプルでクールなタイトルセンスを持っているらしい。好き。


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