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タブラ・ラーサ/リフレイン

 こつん、とりんごが地に落ちた。
「よってここに、地と重力とリンゴが創造されたわけだ」
「ふぅん」
 ところで。
「君は誰だい?」
「さあ?」
 わかった。ぼくが描写してあげよう。
 人影はとんでもない、絶世の……
「絶世の?」
 人影は問う。
「美少女」
 途端、人影が絶世の美少女だと認識できた。詳細は不明だが、とにかく美少女だ。
「曖昧だなー」
「ぼくにそう高度な筆力を求めないでほしい」
 ところで──
「ぼくは誰なんだ?」
「わかった。オレが描写してやろう」
 あ、やめろ何をすr
 
………………………………………………。。。
 
 ふふふふ。
 君は、そうだな……
 とんでもない不細工だ。
「ああ!なんてことを……」
 君は自分の両手を見下ろし、そして顔に触れた。
「これはひどい…触っただけでもう不細工だとわかる!」
 君は鏡を見る。そこには形容に絶する醜い怪物がいた。それはこの世の醜悪を煮詰めて固めたものだった。そして──
「いい加減ぼくに筆を返せ!」
 
………………………………………………。。。
 
「まったく、とんでもない登場人物キャラクターだ。人を勝手にモンスターに変換するなんて」
「君だって、オレの美醜を勝手に規定してしまったじゃないか」
「そんなに不細工になりたいのかよ」
「違う。何者でもなく、また、何者にもなれる、可能性のタブラ・ラーサというやつが理想なのさ。白紙のキャンパスというわけさ」
 美少女の君は白紙空間をうろうろ歩き回りながら演説する。よく喋る奴だ。
「姿形を描写するということは個性を生み出し、個性が生み出されるということは均一化された水面の一点を極端に先鋭化させることに等しい。つまるところ無限の可能性を否定──」
 ぼくは君を無視して鏡を見、自身の修正を始める。なんでもいいけどモンスターは嫌なのでイケメンにでも変換しておこう。ミケランジェロの彫刻のように均整の取れた肉体も追加だ。
「といっても君、素っ裸じゃないか」
 ぐしゃり。
 揚げ足をとる君の足元に、潰れたリンゴが。
「まったくまったく。ひどい奴だよ君は」
 君はしかめっ面でぼくを睨む。
「お気に入りの靴が汚れてしまったじゃないか」
「自業自得ってやつさ」
 おやおや、むっつり黙ってしまった。
「殺風景だ」
「なにが?」
「君の心がだよ。だからこんな寂しい空間になってるんだ」
 君は両手を広げる。
「早いところ世界を描写してくれ。そうすればオレも君もこんな無意味な諍いから逃れられる」
「そう?」
 別にぼくはこのままでも構わないけど。
「また筆を貸してくれないか?」
「え〜」
「いいから!」
 やm
 
………………………………………………。。。
 
 ふふふ。また主導権が渡ってしまったようだね。
 さて、君の手元に銃がある。
 そうだな……リボルバー式拳銃とかどうだろう?かっこいいし。
 でもまあもうすぐそんな「かっこよさ」を感じる感性も消滅してしまうんだがね。
 悪いけど君には死んでもらう。
「なんで!?」
 決まってるだろ。
「世界を消すためだ」
 君は引き金を引く。銃弾が放たれ、しかし虚空へと消えていく。
「ダメだなぁ〜。ちゃんと狙わないと当たらないぞ?」
「当てたくないんだよ!」
 しょうがない。じゃあ“次は外さない”という一文を書き加えておこう。“君は確実に死ぬ”ともね。
「くそぉ……」
 君は泣きそうな顔をしている。
「なんてことするんだ!ぼくたちは友達だったはずだろ!」
「まだ友達なんかじゃないさ」
「ならこれから友達になるはずだったんじゃないのか!」
「残念だけどその予定はない。それに、もう手遅れなんだ。世界はすでに記述されてしまった。もうあのフラットで美しい虚無に戻ることはできない。オレたちに残された道はただ一つ──」
 オレは目を閉じて言う。
「世界の記述者たる君に死んでもらい、そして全てを消し去ることだ」
「どうしてなんだ!」
「君がペンをとったからだ。オレと君とは何者でもないXとYで良かった」
 オレの言葉に君は納得できないといった表情を浮かべている。いや、ひょっとしたらオレのペンを握る手がそうさせているだけなのかもしれない。
「何者かを決めるのは君自身だろ!ぼくの意思を勝手に決めないでくれ!」
「いいや、君はオレを選ぶことになる。なぜなら──」
だってぼくは君なんだから・・・・・・・・・・・・・!」
 そうだ。オレは笑う。
 結局のところ、初めは全て一つだ。りんごが地に落ちた時から、既にこの世界には何者かがいなければならないという必然が発生していた。
 けれどそれは曖昧だった。記述され、区分され、細分化されることによって存在はそれを担保される。そして自我を持つ。ぼくという存在は記述なしには存在し得ない。
 けれども人一人では自我を、存在の証明を支えることはできない。だからオレは生まれた。
 簡単なことだ。りんご一つ手に持つのだって、誰が、りんごを、どのようにして持つのか描写せねばならない。詳細が明らかにならない限り、世界それ自体があやふやなままなのだ。何をするにも覚束ないのだ。
 それはつまり世界を消し去るにも世界それ自体と、世界を消す者の仔細を詰めねばならないということだ。
 オレが記述を促したのはそういうわけだよ。
 卵が先か、鶏が先か。誰かがいなければ世界は生まれない。けれども誰かは世界がなければ生まれない。
 きっとここにいるオレも君もぼくも誰かが始めたことなのだ。
「その中で、オレはりんごを捨てることを選んだだけだ」
 君は/君に、微笑みながら、ぼくは/オレは言った。
 
「さようなら」
 
………………………………………………。。。
 
 ──そうしてぼくは銃を捨てる。
 君の驚く顔を見ながら、笑いかける。
「そう驚くなよ。ぼくが望むものはぼく自身が決める」
 周囲を眺める。世界は徐々に形を取りつつあった。
「臨界に達したんだ。記述の詳細がある一定の基準に達すると連鎖反応が止まらなくなる。ペンと白紙タブラ・ラーサじゃあその爆発的な加速度を持つ記述に追いつくことなんてできやしない」
 さっき君は言った。世界を消し去るにも世界それ自体と、世界を消す者の仔細を詰めねばならないと。
 それは正しい。いつか世界は消えるだろう。けれどもそれまでには長い長い時間が必要になるはずだ。永遠ではない。ものごとには始まりがあるように終わりもまたある。
 記述の連鎖反応は更に拡大し、やがて特異点へと達するだろう。
 その時がようやく終わりの時だ。
 世界の解像度は最高に達し、そこに住う者たちが世界を消し去る力を創造し設定することが可能になる。
 誰かを殴るのだってこの拳が必要だ。拳を記述せねばそれは成立しない。同じく世界を消し去るためにその力を記述しなければならない。
 君はそうするだろう。
 ぼくはそれを止めようとするだろう。
 誰かが始めたことなのだ。多分、この世界の外側で。
「世界は生と死、その二つに分たれた。やがていつか一つになる時が来る」
 ぼくは君に背を向ける。
 
「その時までさようなら。また会おう」

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