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「段差」

 何もないところで躓く、段差があれば猶のこと躓く。しかし人間の修正能力とは偉いもので、その度に身体の芯を鉛直方向に直してくれる。おかげで今日も僕は、アスファルトの味を知らないままでいる。

 果たして他の人間達はどうやり過ごしているのか、観察してみることにした。人生のライフハック*1として、分からないことは観察によって凡そ解決される。例えば、社会性が高い人間の動画を視聴すると、引っ込み思案が一時的に治るらしい。この世は言語化されていない情報で満ちているため、社会性が高い人の振る舞いを見て学ぶのは、頭で考えるよりずっと効率がいい。所謂、百聞は一見に如かず、だ。

 さて、女性の足を嘗め回すように凝視するのは憚られたので、男性を中心に観察を行った。成程人々は、足をしっかり上げている。踏み出す足は踵から着地して、遅れる足はつま先を最後に地面から離れる。
 対して自分は、脚を伸ばし切ったまま、横に開くことによって地面との距離を作り、そのまま前へ置いているらしかった。この開き具合が甘いと、地面に足が擦れて、摩擦によって躓く。なんだ簡単なことだ。

 よし歩こう、と足を上げた、しかし、どうにも上手くいかない。実は後ろの足で、前へ推進力を生みださなければいけないのだ。僕はマルチタスクが苦手だから、これを同時に遂行するのでなく、素早く行うことで、疑似的な歩行*2を試みた。
 足を上げて前へ、飛ぶ、すかさずもう片方の足をあげて、前へ、飛ぶ。飛んでいる。明らかに地上へ存在しないコマがある。僕はこれを「狭間の瞬間」*3と名付けた。

 僕はそれから試行錯誤を重ね、「狭間のホップ」*4、「狭間のステップ」*5、「狭間の休憩」*6を生み出した頃には、すっかり歩行が分からなくなってしまった。

 公園の外を車が横切る。車の対比が歩行者だとして、歩行が出来ず乗車もしていない僕は、何者でもなくなってしまった。狭間の人間になってしまった。国民の健康で文化的な最低限度の生活を守護する憲法25条も、どうやら僕を救うセーフティーネットは用意できなかったらしい。
 僕はネットの狭間を通り抜け、虚空に滞在している。ぷかぷかと、風にあおられ上下運動を繰り返す。次第に地球の輪郭が見えてきた。
 
 ずっと、人生に躓いている。


*1 トートロジー
*2 歩行のイミテーション、かなり滑稽
*3 *1に似た何か
*4 *3より高い
*5 *4より甘美である
*6 身も心も休まる

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