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「謎なんぞ、なぞ」

「ねえ、なぞなぞしない?」

 佐登瑠夏、僕の婚約者はいつも急だ。
 
 一番驚いたのは付き合って四年、同棲して八ヶ月、瑠夏は唐突に言った。

「なんか、結婚してよくない?」

 朝食にトーストを齧りながら、最愛の人からのプロポーズ。
 ムードゼロ、脈絡ゼロ、式への蓄え、親の挨拶などの根回しゼロ。だけど不安とか疑いだとか、そういうのもゼロだった。

「いいよね、ほら指輪」

 と言いながら渡されたのは、食パンの袋を止めるときに使う、プラスチックで出来た名前が分からないアレ。
 当然小さすぎて、指にはまるわけもなく、代わりに小指の爪先を挟んだら瑠夏は大笑いした。
 瑠夏はそのまま咽せて、トーストのパン粉を噴き出して、その光景に自分で笑って、あとは無音でガタガタ震える永久機関だった。

 ケトルが金切り声でお湯が沸いたことを報せると、たっと瑠夏は駆けて行って、かちっと火を止めて、くるっと僕を見る。

「で、する?なぞなぞ」

「寝起きだから、あんまり答えられないかも知れないけど、いいよ」

 僕は寝起きという保険を掛けながらも得意になる。自分で言うのもなんだが、頭の回転には少し自信がある。

「わかりました、それでは第一問です、パンはパンでも食べられないもの解きまして───」

「初っ端からボケなの!?」

「失態の味と掛けます」

「"解く"と"掛ける"順番が逆じゃない?」

 「あっ」と瑠夏が小さい声を漏らす。
 今のはなぞなぞというより、謎掛けに近かった。

 一応説明すると謎掛けは、なぞなぞの変型した言葉遊びの事だ。

 先に出したお題へ言葉を挙げて、それをダブルミーニングで繋ぐ。

 例えば「古傷と掛けまして、秘密と解きます、その心は、どちらもいえないでしょう」といった具合だ。
 付け加えると、例えがネガティブに見えるのは気の所為だ。

「───お前はうるさいでしょう」

 瑠夏は冷ややかに言いながら、粗く挽いたアラビカ豆をコーヒーミルから取り出す。この調子だと僕の分は無いかも知れない。

「因むとその心は」

「ショックパン」

「ちょっといいな」

 僕が褒めると口角が少し上がって、「ありがと」と言った。そうして和らいだ沈黙が流れた。

 瑠夏はコーヒーフィルターに乗った豆の上へ、円を描くようにお湯をかける。

「気を取り直して第二問です。なぞなぞと掛けましてーっ!」

「、、、」

「、、、」

「、、、?」

「、、、」

 次いで来ない言葉。にこにこしたまま僕を見つめて、反応を楽しんでいるみたいだ。

「解いて!??!?」

「どう、謎でしょ」

「謎だけども」

 なぞなぞって、こういうのだっけ、そもそも殆ど謎掛けなのだけれど。

 破茶滅茶だけど瑠夏が楽しそうなので、僕は大人しく遊ばれることにした。

「さて第三問です、今回はなんと正解で一万点差し上げます!」

「今までポイント制だったの!?」

 っていうか正解ってあったの?

 急に始まったポイント制度だけれど、競う相手がいないので勝ちは確定している。

「それでは問題、ヘアスプレーをかけまして、髪をときます、その私は?」

「、、、」

「、、、」

「、、、かわいい?」

「正解!!!いやぁ三問目にしてやっと正解することが出来ましたね!解答が遅いので心配になりました、これで合計一万点です」

「これは簡単すぎた、引っかけ問題かと思って悩んじゃったぐらい。その得点は何に使えるの、楽天市場?」

 瑠夏は僕の視線を捉えて、一度ぱちりと瞬きをすると、わざとらしい溜息を吐いた。

「あまい、あまいですよ智さん、大学中退スタートアップの事業計画書ぐらいあまい」

「おいあんま馬鹿にすんなよ!?あいつらだって頑張ってんだよ!?」

「一万点で、これを見逃してあげる」

 空気が一瞬で変わるのを、僕は全身で感じた。

 何か良からぬものが、恐ろしいものがやってくる。

 ツッコミに終始する僕の気力は、ここで氷点下を迎える。

 瑠夏が左手を翻すと、机上に一枚のレシートが落ちた。「『本気焼肉・豚角』渋谷店」と書かれている。嘘だ、確かに捨てたはずだ。

「洗礼を受ける汝の罪は二つ」

 指を二本突き立てて、僕の眼をじっと見た。

「一つは私を置いて一人で焼肉を食べたこと」

「で、でもこの日は瑠夏が仕事で」

「言い訳無用!そして二つ目!たった一つでも罪深いのに、、、」

 ぴんと張られた綺麗な人差し指が、まるで銃口のように突き付けられる。

「お盆までに痩せるって約束したよね?」

 その通り。今年はお盆前の土日に、瑠夏の家族を交えた旅行が決まっている。土曜日の夜に宿泊予定のホテルには室内型プールがあった。
 今は六月で、僕はその日までに、つまり残り二ヶ月の間に、8kg体重を落とさなければいけない。

「お父さん言ってた、下腹がだらしない男は私生活がだらしない、きっと女関係もだらしない。いいかい瑠夏は、お父さんみたいに筋骨隆々なイケメンを選びなさい、って」

 瑠夏のお父さんは妙に執拗な、筋肉へ対する拘りがある。きっとプール付きのホテルを予約したのも、僕の身体と自分の身体を比較して、瑠夏とそのお母さんに見せ付ける気なのだ。
 俄にくしゃりと笑う、瑠夏のお父さんの顔が思い浮かぶ。
 そのあどけなさは瑠夏に似ていて、僕はいつも嬉しくなる。

「だから、わかるよ、ね?」

「今日の夜ご飯は、、、」

「もやしと茄子」

「オンリー!?」

「〜私への愛を添えて〜」

「僕からの!?」

 瑠夏への愛を添えても、食べるのは僕だから、僕は表現した愛を再び体内に取り込む予定らしい。なんなんだ。

 僕が茄子を切っていると、背後から瑠夏が「智くんの脂肪もこんな簡単に切れたらいいのにね、、、」と言った。その声には全く感情が篭っていない。うーん痩せよう。

 ドレッシングはオイルが良くないからと、お酢と塩を混ぜたものをかけた。もちろんハート状に。

「愛は添えるようにって言ったけど、これはこれでありなので部分点を、五点差し上げましょう」

 あら少ない、今年の冬は越せないかも知れないわね奥さん、口減らしをしましょう、この減らず口の。
 
 脳内で井戸端会議を繰り広げていると、瑠夏は茄子を一切れ口に入れて、眉を顰めた。おい不味いのか、おい。

 恐る恐る、一口食べる。

 ───形容し難い味だった。

 その夜は、空腹でごろごろ鳴る僕のお腹を「五月蝿くて寝れない」と言って、瑠夏はベットから出て行った。だけど暫くして「寂しい」と言って帰って来た。

 えっなに可愛い、結婚してえ、痩せよう。




 私設のコンテスト、友達が応募していて楽しそうだったので、乱入した次第です。

 あれ?いつもと文体遠くない?と感じた方が居れば、勘がいいですねというか、いつもありがとうございますというか。

 募集が「ライトノベル」だったので、込み入った表現はしない、簡潔に、言文一致体で、内面をダダ漏れさせる、のような事を念頭に置いています。
 
 と、釈明は済んだので最後に。
 私設のコンテストと掛けまして、夏と解きます。その心は

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