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はじめに

わたしには、きょうだいがいます。

そのきょうだいとは、幼い頃からずっと、なんだか分かり合えない感じがしていました。
年齢が離れていたせいもあったのか、きょうだいとの楽しかった思い出は、まったくと言っていいほどありません。

わたしがきょうだいと一緒に遊んでいるときや、きょうだいが他の誰かと話をしている姿を見たとき、わたしは、そこはかとない気恥ずかしさのような違和感をずっと感じていました。

人は皆、家の中では見ない身内の姿を見たとき、特にきょうだいに対して抱く感覚なんだろうって、何十年も思ってました。

世の中に「アスペルガー障害」という言葉を耳にするようになった頃、そう診断された人と話をする機会がありました。
そのとき感じた感覚、それはわたしが何十年も感じてきた違和感と酷似する感覚であることに気が付きました。

ひょっとして?と感じ始めた頃、実家ではさまざまな変化が起き始めます。

「同胞さん」

そんな言葉のほうがしっくりくるわたしのきょうだいは、「社会的ひきこもり」となって数年経ちました。同胞さんのこと、そして同胞さんに振り回される家族のことを記します。

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