【2】相談窓口をめぐる旅(サポステ編)
困った母親はわたしに連絡し、相談するようになりました。
わたしは独立しており、実家を出ています。
母親の話を聞いているだけでは、何の解決にもならないと、行政の相談窓口を探し、母親に付き添って相談へ行きました。
まず相談へ行った先は「地域若者サポートステーション」、自治体が設けている若年無業者(いわゆるニート)の職業的自立支援事業の窓口でした。
そこで対応してくださった方は、産業カウンセラーだったようで、職業訓練に関する情報提供が主でした。
本人が来なければ始まらないと、さも対象外と言わんとするような雰囲気でしたが、そこでは臨床心理士による相談も受けられることを知っていたので、その予約を取りつけ、母親だけが通うことにしました。
まずは、同胞さんとのコミュニケーションの方法が多様になれば、同胞さんも少しは落ち着いてくれると思ったからです。
返答に困る言動には、オウム返しで対応すると良いなどと聞いてきた母親は、そのとおりに対応しているようでした。
すると同胞さんの荒ぶる心は落ち着きを見せ始め、これで収束かと思う日もあれば、母親に対する罵りや脅迫が続く日もあって、振り幅の大きいシーソーのような日々が続きます。
母親は、同胞さんの体調に合う仕事探しの相談へ、一緒に行けたらと思っていました。
でも、同胞さんのことを本人抜きで相談へ行ったということを、直接言えずにいました。
なぜなら、そんなことを本人に話せば「勝手なことをするな」と怒られてしまうと思ったからです。
とはいえ、伝えないことには何も始まらないことも、母親は理解していましたから、相談に行ったことを同胞さんへ事後報告しました。
すると「そんな相談に行っても自分には関係ない」、「行っても無駄だ」と取り付く島もありませんでした。
結局サポステへは母親だけが数回通いましたが、本来の目的で同胞さんが利用することはありませんでした。
そしてこの頃から、同胞さん自身が今までの辛かった過去の記憶を引っ張り出して、母親へ執拗に訴えるようになりました。
それは幼児期から学童期、青年期に至るまで、今こうなってしまったのは家族のせいだと、何十年も前の話を、昨日起きた苦情のごとく訴えます。
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