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継続力を科学する。あたりまえのことをあたりまえにすることの大事さ。

約3000時間ほど勉強に費やさなければならない大学受験
(※3000時間は中央値。もっと必要な場合の方が圧倒的に多い。)

これは継続力モノを言う世界だと考えていい

未経験者には険しき道

おそらくほとんどの人が受験生になる以前に、長期間にわたり戦略的に勉強をした経験は無いと思う。

あったとして中学受験、高校受験、、、でも必要時間は圧倒的に短い。

3000時間は、他の資格で言えば公認会計士とか不動産鑑定士くらいに(それ相応の知能のある人ならば)合格できてしまうくらいの長時間。

大学受験はそれと同じくらい大変 。まぁだから「価値」があるのだけれども。自由を捨て、つまりなんらかの「犠牲」を払うことで得る対価が「合格」=「価値あるもの」と考えればいい。

経験者ならわかるかもしれないが、3000時間という犠牲は狂気の沙汰としか表現できない。

「はい、あなた受験生になったのだから今日から本番までに3000時間勉強しなさいね」

なんていうものは、新米受験生からしてみれば拷問に近いもので、例えるなら高度順化もせず8000m級の山のてっぺんに放り出されるようなものなんだよね。

継続は力なり」なんて言われるけど、「継続」には理由があって、そこを紐解くことで、「継続力」が生まれ、「力」に変換されていく。

これを特に伝えたい。では継続を科学してみよう。

(科学するなんて大層なこと書いたけど、自分の使う「科学」は、言葉の意味をそもそもから理解して、行動に還元しようの意であり、科学っぽいことは書かないですw)

継続に必要なエッセンス

前提:コツコツコツコツ続けることが大学受験には大事
必須条件:続ける

では達成のために必要なことは?

▶︎『精神力』...なんて言う奴は基本落ちる。

精神力なんかでカバーしたら...持ち前の諦めの悪さで、道にそれたまま戻らず軌道修正が効かなくなる。

思うに、継続には「結果」が伴わなければならない

自分のやってきたこと、今やっていること、これからやることが「正しい」んだ、このままやっていけばきっと合格できるんだ

という精神的安定が、継続力を生むのであり、そもそもの精神力が継続力を支えるのではない。(なにしろ3000時間以上の拷問なのだから、耐えられる人はおかしいといえるレベルw)

・やるからには、結果を出さなければならない
・結果が出ないならば過程に問題があることに気づき、修正する行動力が無ければならない
・怠れば、勉強する意味を失い、継続できなくなる
・結果が出れば、学ぶこと自体が楽しくなっていき、自然継続できるようになる

▶︎この一連の過程に成功した場合、自分で考えて行動する力がつき(論理的思考・戦略的思考)、以降は学習効率が向上し、倍々で学力が向上していく。

あたりまえのことを疎かにする教育

古くから脈々と受け継がれてきた悪習みたいなものを当然のように押し付ける教育者がいる。

自分はこうやってやったからお前もそうやれ
周りもこうやってるからこうやろう

親、学校の先生、予備校・塾の講師はそう言うかもしれないが、それってそもそも本当に正しいの?ってこと絶対にあると思うんだよ。

勉強以外でもあるはず。草野球の知識をプロを目指す子供に教えるパパさんとか、料理がまったく上達しない自己流こそ全てのママさんとかw

それはまぁいいとして、そもそも「継続には結果があればいい」なんてのは当然のことすぎてお前そんなんドヤ顔でのたまってんじゃねぇぞwwって思う人も大量にいるはずなんですよ。

でも、実際のところこれを意識して勉強の計画をたてて履行してる受験生なんてほんっっっっっの一握りで、ほとんどが「なんとなく」で勉強してるんだと。

ネット上で2000人以上の質問相談に対応した自分が言ってるんでたぶん間違いはないです。

そしてこの「あたりまえが疎かにされている」は大学受験に他にも大量に存在する。

もしこのあたりまえをあたりまえにできるのであれば、他の受験生よりも有利にたてると思えませんか?

私は思います。

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