緊張すること
先日、妻のママ友さんからある相談を受けました。
彼女は最近になって趣味でヴァイオリンを始め、今度発表会に出る事になったのだそうです。ところが、初めての伴奏合わせで手が震えてしまい、そこから演奏するのが怖くなってしまったと。一緒に習ってる子供たちは誰も手なんか震えてない、これは普通なの?どうしたら良いの?というのがその内容でした。
これに対して私の返答は
「子供よりも大人のほうが長く生きてきて既に緊張という現象を知っているから緊張しやすいです。プロの弦楽器奏者でも緊張で手が震える事はあります」
「緊張する原因は①練習不足による不安②自分を良く見せよう(=失敗したくない、失敗出来ない)という思いこみ③人の目に対する緊張、特に今回は舞台という未経験へのシチュエーションからくる怖さの3つで、おそらく今回は③、つまり初めての経験に対する怖さだと思う」
「これはメンタルによる部分が大きいので、まずは『完璧に弾かなきゃいけない』とか『失敗したくない』という気持ちを捨てて『私は趣味だし失敗しても失うものは何もない』くらいの気持ちで気楽に取り組んでみましょう。何より、緊張して本来の自分の実力を出せないのはもったいないですし、普通に生きていたらステージ上でスポットライトを浴びて緊張するなんて体験はなかなか出来ないので、いま貴重な経験をしているとプラスに捉えてみたらどうですか?」
とメッセージをしてみましたが、これは改めて緊張について考える機会となりました。
私自身、プロの演奏家として今年で27年目になりましたが、仕事を始めて4~5年目の時にイップスのような症状になってしまい、pp(つまり弱音)で演奏すると手の震えが止まらなくなってしまった事があります。この時期は定期的にお声をかけて頂いていたオーケストラから次々に呼ばれなくなり、死活問題で本当に悩みました。
「ゴルフはメンタルスポーツらしい」という情報を得て、プロゴルファーだった従兄弟にいくつかメンタルトーレニングを教えて貰った事もありますし、緊張に関する書籍を読み漁ったりもしました。技術的にどうしたら手の震えを誤魔化せるか、練習しながらいろいろ試していたものです。静寂に耐えられるようになろうと部屋で灯りを消して蝋燭の炎を見つめる時間もありました。これなんか今思い出すと苦笑いするしかありませんが、それだけ追い詰められていたのです。
こうして悩んだ結果、いくつかの解決策に辿り着きました。
・しっかり準備・練習をして不安要素を無くしてリハーサルに臨むこと
・身体が動かない状態(寝起きなど)で楽器を弾く事に慣れる
・ジョギングをする事で心拍数が上がりにくくする
・日常の練習からステージ上の緊張感を想像すること
・呼吸を大切にすること
・演奏中は音楽だけに向き合うこと
こうした行動のルーティン化によりかなり落ち着いたメンタルで仕事に入る事が出来るようになったのでした。
そしてメンタル面では意外な事が解決のきっかけとなりました。あるとき友人とデュオを演奏したのですが、彼がとにかく楽しそうに演奏しているんです。多少音を外しても全然気にしない。後からその映像を見返してみると、音が外れていても本人が楽しそうだからあまり気にならない。「ああ、これくらい音楽に向き合って楽しんでると他人は細かいミスがそれほど気にならないんだな」と気づいた瞬間、私の気持ちがとても楽になっていて、上記のルーティーンと重なって、それからほとんど緊張する事はなくなりました。
それでも苦手な曲はいくつかあって、特定の曲では緊張する事はありますが、「ここでしっかり呼吸しよう」「弓を上から置かずに横から入ろう」と冷静に頭で考える事で手の震えはほとんど無くなりました。
根が真面目だからこそ緊張するし悩むんですよね。こうした経験は若い人に伝えていく良い財産になると思っています。