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姥捨介護キリングホーム🏠❹

初めての夜勤、土井に軽く挨拶をして申し送り。土井は夜専の人間で、つまり夜勤のみで5年勤めてるらしい。日勤の職員からはあまり良い話を聞かない。理由は一つだ。自分の話が通じ辛い事に常にイライラしているからだ。本人が沈黙に耐えられないタイプでよく話しかけてくる。「常に」とはそれが理由だ。だが俺は、そんな彼を良い奴と考える。気を使っての事なのだからと。

二手に分かれて排泄解除を周り事務所へ戻る。俺の方が後だ。土井が「お疲れ」と言って缶コーヒーを持ってきた。素直に受け取るとキンキンに冷えたそれを一気に胃に流し込んだ。これで今夜は彼に嫌な顔一つできなくなってしまった。永遠に続くマシンガントークは話の半分しか理解できず、彼が見せてくるYouTube動画は昔のギタリストのソロ演奏など、到底共感できるものではなかった。彼の話す言葉を傾聴するだけでも体力を使った。何を言ってるのかを上手く聞き取ろうとする事が、こんなにも体力を使うものなのか…。朝まで耐えられそうにないと思った俺は、普段誰もやらないフロアのモップがけを理由に事務所を出た。

山の入り口のような所にあるこの施設には、沢山の虫が施設に入り込む。ゴキブリ、ダンゴムシ、蛾、蚊や蝿、蟻、蜘蛛、ゲジゲジ、百足…。よく干からびた虫が隅でひっくり返っている。建物の外だと狸まで出るような立地だ。これらの虫はきちんと清掃できていれば問題ないのだが、そのままだと食べてしまう利用者もいる。最近では昆虫食なるものがあるらしい。介護施設では昔からよくある事だ。清掃していると生きている百足を見つけた。ライターで頭を炙ると百足は後退を知らないのかそれでも前に進んでくる。そんな時はセロテープで胴体を床に張り付けてから炙り殺す。しばらく胴体だけ動いているが1分かからず絶命する。「楽しい…」もうすぐ40になろうとしてる男がこんな事を楽しいと思えるのは異常な事か?YouTube動画で百足を他の虫と戦わせたり、百足に他の虫を捕食させたりする動画がよくある。視聴回数もかなり多い事を考えると、俺はまだ正常な人間だという事だろう。

夜勤は長い。17時から9時までが夜勤。3交代制でないから、一回の勤務で2日分働くのと同じだ。いつまでも土井から逃げてばかりいるのも限界がある。土井が食事中の事務所に戻ると明らかに愛妻弁当を食べていた。おかずの種類や量でそれは判別できた。奥さんに敬意を表す。よく土井に付き合いきれるものだなと…。土井は食べてる時だけは大人しかった。

コールが鳴るのは大抵決まった利用者だ。緊急度の高いものでも初期のALS(筋萎縮性側索硬化症)のトイレ介助くらいだ。夜間、自立できない利用者はオムツの中に排泄してもらい、2時間半から3時間に一回程度のペースで取り替えにいく。他にコールが鳴るとすれば、「飯は何時からだ?」とか「喉がカラカラで水頂戴」とか「寂しくて押しちゃった」とか…。まぁ、くだらない事ばかりだ。でも、ここはまだ良い方らしい。施設によってはコールでひっきりなしだそうだ。このコールというのは鳴らせば鳴らすほど職員に嫌われる事を利用者は理解していない。それでも日勤に比べて夜勤の方は何と楽な事か…。オムツ替えが必要なのはせいぜい10人程度。それに対して夜勤は2人なのだから時間を持て余す。

介護の世界で社内恋愛もあると聞く。若い男女に夜勤を任せるのは危ない。時間を持て余せば風呂もあればベッドもある。若くなくても危ないだろう。無いのはゴムだけだ…。

起床介助をして日勤が来たら朝食。西華苑は調理を外部委託している。今はこういった施設が殆どだそうだ。そこに俺好みの良い女が働いるが、3ヶ月を過ぎても名前さえ聞けていない。食事が絡む時間が一番忙しいからだ。見た目は30代半ばで麻◯久美子似。とにかく乳がデカイ。牧野には申し訳ないが、料理もできてデカパイの麻◯久美子なら文句無しでこちらに軍配が上がるだろう。

そして次の夜勤でちょっとしたトラブルが起きる。大野と組んだ時だった。利用者にはどうしても姿勢の悪いのがいる。座位を保てず車椅子上でどんどん横にズレていくのがうちには3人いる。車椅子の利用者を俺が前で2人、大野が後ろで2人誘導していた。大野がエレベーターに利用者を入れようとした瞬間コツンと右に飛び出た頭がエレベーターの入り口に当たった。その時、俺も大野が運んでいる車椅子の前側にエレベーター内から手を添えていた。どちらのせいとも言えない2人の過失だった。それがみるみるうちに腫れていく。大野は完璧主義なだけに自分の過失には絶対したがらない。あくまでも俺に押し付けようと頭の中では必死なはずだ。

「ここで大野に恩を売っておくのも今後のためには有り」と判断したのが間違いだった。後日その利用者の息子がカンカンになってケアマネの小山に抗議してた。疲れた顔には誠意が無く、結局当事者である俺と大野まで呼ばれてしまい、俺から先に頭を下げた。「忙しくて注意が足りませんでした。申し訳ないです」大野は軽く頭を下げただけ。謝罪の言葉も何も無しだ。「忙しくてなんて言い訳するな!」と大きな声出されてしまったが、それ以上こちらも相手も何も言う事は無かったが、その日のうちに本社にまで抗議したようだ。小山は俺を1週間完全無視。大野も俺に礼の一つも無し。とんだ貧乏くじを引いた。そもそも大野が押していた車椅子じゃないか…。それにあの息子、普段感謝の言葉も何もないくせに、こういう時だけ乗り込んで来やがって…。頭腫らして寝ている島井静枝90歳を何故か俺は睨みつけていた…。

☆フィクションです。

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