姥捨介護キリングホーム🏠❸

久々のスナック。3ヶ月ぶりだ。雨の中小走りで向かった俺の裾は冷たかった。耳障りなオヤジの歌声が外まで響いてくる。この雑居ビルにはスナックは1軒だけだ。「いらっしゃーい」中には客が5人、ボックス席に固まってた。女の子が2人付いている。5人の客の中に女性客も1人いたからそれでバランスが取れていた。俺はいつものカウンター席に腰を下ろす。ボトルはターキーだ。若い頃はハーパーが好きだったが、ライトに感じてターキーに変えた。コク重視になったんだろう。ボトルセットが置かれ、奥からいつもの女が出てきた。無言でロックを作り始める。何かぎこちない。「どうした?」とだけ質問すると「中里さんの所でお世話になってるんでしょ?」と逆に質問が飛んできた。「ああ、良くしてもらってるよ」と返す。女はニコリと笑みを浮かべた。浮かべた後に口をついて出た言葉が「中里さんと身体の関係になっちゃった」

別に不思議ではなかった。この女は多分俺だけでは無いだろう事は容易に想像がついていた。でも、ある程度男を選ぶタイプの女だ。理由を聞くと、女の母親が軽い認知症で施設を探してると相談した事が原因だった。「俺の女になってくれたら安く入れてあげるよ」と営業されたらしい。別に怒りは込み上げない。中里も男だという事だ。鼻を抜けた笑いが溢れた。今は職員が少なくてまだ利用者を増やせる段階ではないからだ。「智哉ひどくなーい?もっと悲しんでくれるかと思ってた」甘えた声をいくら出しても、お前は所詮「公衆便所」だ。

あまり酔う気分にはなれなかった。性のはけ口を無くした事で俺の楽しみが一つ減り、このスナックに足を運ぶ理由も無くなったからだ。この街にはまだ未開拓のスナックがゴロゴロしてる。別の所を開拓するのもまた新しい楽しみだと気持ちを切り替える。飲みかけのボトルを空にして店を出た。雨はまだ降り止まない。

コンビニに寄るとたまたま牧野が会計を済ませていた。この近所とは聞いていたが、こんな夜に偶然もいいとこだ。「お晩でーす」と声をかける。一瞬驚かれたが屈託のない笑顔にすぐ変わった「川崎さん!深夜に声かけてこられるとビックリするじゃなーい」手にはコンビニ袋に入ったビールが透けて見えた。ジメジメした暑い夜だ。気持ちはよく分かる。しばらく立ち話をしているうちに彼女の方から「私すぐそこなの。良かったら飲んでいかない?」と誘われた。俺は彼女が嫌いではない。軽く動揺はしたが誘いに乗ってみることにした。

オートロック付きの3階建のアパートだった。女の一人暮らしにはオートロックは必須の時代だ。牧野の部屋は2階で部屋が女の匂いで溢れていた。昔の記憶が蘇る。似たような部屋に通された過去。懐かしい…。急に自分の年齢を感じてしまい気が萎えた。牧野は8歳も下の女だし、手を出そうものならそこにあるのは拒絶の2文字だろう。きっと何の気無しに部屋に招いてくれただけに過ぎない。フワフワの白い絨毯の上にガラスのテーブルがあった。「手垢つくだろうけど気にしないで。後で私拭くから」台所でポテトチップスだの枝豆だのを用意しながら彼女は言った。テーブルの上に一通りの品と使用感のあまりない灰皿が揃った。まるでスナックだ。

夜11時から続いた二人の宴は2時間を過ぎた。やっぱりドキドキして眠気など全く来なかった。部屋にある鏡月が出てくるまでは…。それ以降全く記憶が無い。気付けば牧野はベッドで俺は白い絨毯の上のまま。時計は昼の11時。たまたま2人とも休みだったから問題無いが、余りにも不自然な時間だった。俺がこんなに寝込むなんて事はまず無い。10時間も他人の部屋で寝込むなど考えられない。牧野は起きていてスマホを眺めていた。「ごめんごめんこんなに寝てしまったや」と素直に謝ってみた。その返事に俺は驚いた。「ごめんごめん利用者の薬盛ってみた」

薬は夜勤の時に時々くすねるという。眠前薬を飲ませる際に、既に寝ている利用者には起こして飲ませず、飲ませた事にして自分のポケットに入れてしまうとの事だ。自分で飲む事もあれば、遊びに来た友達をからかうために使う事もあるという。「ごめんね。私も眠たかったから」とギャップ萌えする笑顔で俺を見る。怒る気にはならなかった。考えてみればこんなに寝れたのは久しぶりだ。牧野は起き上がり、納豆ご飯と豆腐と油揚げの味噌汁を用意してくれた。「大豆だらけじゃねーか」と突っ込んで欲しいのだろう。嫌いじゃない…。嫁にするならこんな女も有りだ。トイレを借りて異変に気付いた。ベルトの穴が一つズレていた…。

楽しいひと時だったが、家路についた。明日から夜勤。相棒は初日に夜勤明けだった男で派遣の土井修63歳だ。ベテランだが滑舌があまり良くなく、モゴモゴとしか喋れないばかりかドモリも酷い。そのくせお喋りで相手をするのに困るタイプだ。気が重いが悪い奴ではない。コンビニに立ち寄りキャメルと牛乳、牛乳で作る冷たいポテトスープ、卵を買った。軽く済ませてスマホを見れば牧野のLINEが登録されていた。「今度は朝まで飲みたいな…」精一杯の勇気か、それとも男慣れしてるのか…。どちらでも良かった。スナックの件は牧野知里で帳消しになった。雨も上がりド底辺の男に薄っすらと光が差したかのように思えた…。

☆フィクションです

この第3話からは無料にします。最終話のみ100円の有料とさせて頂きます。気が向いたら投げ銭でもしてやって下さい。

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