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誘戯❽

盗聴電波を拾い、盗聴器を取り外す仕事を始めた。この仕事は一石二鳥になるからだ。まず、本当に盗聴電波が出てる家に飛び込んで営業をかける。この業界の相場を知らないから何とも言えなかったが一件8000円にした。1日に1件取れればいい方。真面目にやっていないからだ。この副業の本当の狙いはこれではない。盗聴電波が出ていますと嘘を言い、金のありそうな屋敷に上がり込み盗聴器を仕掛けて帰るのが目的だからだ。どうせならデカイ仕事をしたい。何度か繰り返すうちに、一人では難しい事が度々あった。仕掛ける事を目的にするのは大江と本業で家を見て回る時だけにした。だから日当は出さない。成功報酬15%とした。仕込みは外れで終わる事も多い。

雨で仕事にならない。歩かず車から見て流す。そんな日はやはり家の少なめの地図を選ぶ。相棒がいると件数が稼げないから大江を連れていくのは成績に影響するが、それでも月に3件の契約をキープできていた。大江にも1件分けてるから支店長にも大江にも文句を言われる事は無い。そんな中、面白そうな家を見つけた。築15年オーバーで一見どこの塗装業者も喜んで営業に行きたがる民家だ。屋根はコロニアル。外壁は白のサイディング。目地も割れてる。大江が嫌な顔をしながら「あれは入れませんよね?」と俺にお伺いをたてる。入れる入れないとはうちの会社の紹介などを入れた封筒のことだ。「入れる勇気あるならどうぞどうぞ」と大江に言ってみた。俺も大江も入れるわけがない。勿論同業他社もそうだろう。営業なんかかけられない。立派な家で門まであるが、その中には日の丸が入った黒い街宣車が3台もあった。その家の周りをぐるっと一周し、次の獲物はここに決めた。「大江、俺の考えてる事分かるよな?」

「勘弁してくださいよー。どうしてここなんですか!?もっと他にあるじゃないですか?」いや、無い…。銀行に預けられない金のある家なんてそうなかなか無い…。しかもこの家は平家だ。ここまで条件が整っているのは珍しい。庭に犬もいなければ防犯カメラも無い。奇跡の物件だ。休みの日に俺だけで下見する事にした。街宣車は多くて3台しか停まってる事はなく、この家には60歳を超えた親玉とその女房しか住んでいない。昼にこの自宅兼事務所へ人が集まる感じだった。出入りしている男達全員をカメラに収める。裏手には勝手口がある。ここが開いていなければ寝室の窓を割る。多分西側がそうだ。東側にはリビングがあり日中は中が丸見え。大きなガラスを使った良い家だ。2週間かけて4日下見した。1日で5回家を見に行く。ここに出入りしてる男の人数は多くて5人。夜中はここの夫婦だけ。

大江がどうもやりたがらない。「俺は金庫にあると思います!絶対金庫ですよ」と言って引かない。「このヤマはデカイぞ!」といくら説得してもダメだった。大江は分かってない。ガサが入った時、金庫なんて分かりやすい所に隠すアホはいない。いるとすれば「大江組長」だけだ。今回大江は当日のみ車中フォローとした。それだけでも随分助かる。仕掛けは俺と美沙で行く事にした。門のインターホンを鳴らす。盗聴電波が出ていると伝えると30秒程で入らせてもらえた。門は閉まってはいたが鍵はかかっていない。門から10メートル歩くと玄関だ。「この界隈で盗聴電波の調査をしているのですが」と伝え家に向かって受信機を向ける。ハウリング音が激しく鳴るが、それは先日バッテリー付きのチャンネルAの盗聴機を勝手口横に投げ込んでおいたからだ。子分らしき中年超えの男が「1万で足りるなら見てもらえる?」と言ってくれた。堂々と上がり込む。「テレビでよくやってるやつだ?女でもやるんだねぇ?」と言いながら美沙を見る「いいえ、妻なんです。人雇えないんで」と言いながら2人で探してるフリを続ける。どちらかに家の者がついて来てない時に良い場所があったら二股コンセントをつける手筈だ。俺がチャンネルB、美沙がチャンネルC。美沙がたまたま取り付けるタイミングがあり、事務所に取り付けた。頃合いを見て持参したチャンネルAの盗聴機を「これです」と言ってコンセントから引き抜く芝居をし、受信機のスイッチをチャンネルBに切り替える。勿論ハウリングはしない。その場で二股コンセントの分解をして、中身が盗聴機である事を確認させる。「これいつからあったか分かりますか?」と聞く。「いやぁ、こんな目立つ所なら俺気付くから最近じゃないかなぁ」そりゃそうだ…。今日ここで社員さん達が金の話題になるようにわざとそんな会話をし「特殊なお仕事されているようですので十分気をつけて下さい」と気づかうフリをする…。リビングには親分らしき人がいたから取り付けは断念。

料金を受け取り美沙と寿司を食べに行く。今回美沙はよくやってくれた。そのお礼をしてやりたかった。勿論1万では済まなかったが、戻り鰹と太刀魚が旨い。二人で満足いくまで食べた。その間、大江はあの屋敷のそばに車を停めて盗聴作業に専念させた。結果はすぐに出た。

どうやら金は台所の食器棚にあるようだ。事務所での会話から、出入りしているほぼ全員が知っているようだった。勝手口裏には小さな門があり施錠されている。外にゴミを出す時はそこから出すとゴミステーションまで近道だ。ゴミが既に外に置いてある事がよくあった。

決行日当日、俺と大江はゴミステーション前、美沙は西側の敷地外で待機。朝8時、ゴミを持った奥さんがノコノコと出てきた。美沙からの報告ではまだ誰も出勤しておらず絶好のチャンスだ。車から出て奥さんの後ろから秋葉原で買ったスタンガンを当てる。この威力に不安を感じていた。決行前に大江で人体実験しておくべきだったが、死んだのではと疑う程の倒れ方をしたのを見て俺が死ぬ程驚いた。車に拉致し目覚めたら、その時はもう一度スタンガンを当てるよう大江に指示し車を出た。そのタイミングで美沙に塀の外から見える黒松に火をつけさせた。決行前に水鉄砲に入れたジッポオイルを撃ちこんでいたから燃えるのは簡単。親分が庭に出てきた事を門から見ていた美沙から連絡が入ると勝手口へダッシュで向かう。食器棚から金が簡単に見つからない事は想定済み。すぐ分かるようには隠してないだろう。フォークやスプーンが乱雑に入れてある下のシートが底上げしてある。隣の引き出しもそうなっていた。めくると合計600万。もっとあるかもしれないが長居は無用だ。というより、その場から早く逃げたかった。この家の周りに家が無いとはいえ、野次馬が出てくると逃げるに逃げれなくなる可能性もある。スーパーの袋に無造作に金を入れて退散する。車に戻ると奥さんはまだ意識が無い。車から引き摺り出し美沙を回収。あっという間の3分間だった。

大江に90万、美沙に60万。俺が450万。大江が高いのは15%の約束があるからだ。この日も昼から3人でテレビで観た高級レストランに行き、大江にはキャバクラと風俗をハシゴする金を渡した。俺と美沙は夜までホテルで楽しんだ。前回と今回、あまりに上手く行き過ぎた…。おかしい…。夢の様だった。夢なら覚める時が必ず来るものだ。漠然とした不安を抱くも、それに気付いているなら回避する事も可能だと身を引き締めた。

☆フィクションです。

スタンガンは実際には気絶させる程の威力はないとの事ですが、年寄りならどうでしょうか…。そんな疑問があるからといって人体実験はやめて下さいね。

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