祖母の背中
「ようけ来てくれたんよ」
記憶の境界がぼやけてきている祖母は、何度も同じ話を繰り返す。内容は、会いに行くたびに変わる。今旬のお話は、祖父のお葬式にたくさんの弔問客が来てくれたこと。田舎町には珍しく、数百人の方々が最後のご挨拶に来て下さったそうだ。当時7歳だった私は全く覚えていないけれど。
昨年のお盆休みには、母への悔恨を繰り返していた。大学を受けなおしたいという母の希望を叶えてあげられなかったことを、何度も詫びていた。
「あんなこと、初めて言われた」
祖母が寝てしまった後、お風呂上りで涼みのビールを飲む私の横で、母がポツリと呟いた。
祖母の背中は語る。
後悔のないように生きろと。生活に埋もれて見ない振りをしていた、心に僅かに残った棘は、最後の最後で出口を求めてポロリと出てくるものなのだから、と。
あの日、祖母の記憶の海からぽかりと顔を出した追憶の欠片は、今年はもうどこにもなかった。
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