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緑色のカメムシの味

 宇宙人の生存を気に掛けてくれている地球人の友人が差し入れてくれたラーメンを作ってクリスマスの晩餐に食していたら、ガリッと硬い物を嚙み砕き、次いで強い苦味を感じたので吐き出した。具材に入れたわさび菜と同じ鮮やかな緑色だったので、わさび菜の芽か蕾かなぐらいに思って皿の脇に置いておく。いや宇宙人、今は12月だぞ。どうして新芽や蕾が菜っ葉に付くのかね。いやいや今年の異常気象と言ったら、近所の植え込みのオシロイバナがピンクの蕾を伸ばしているほどではないか。ここ数日の寒気でさすがに開花を踏みとどまったようだが、登山の途中で見つけた産直野菜のわさび菜の生態が同様でないとは言いきれまい。いや宇宙人よ、現実から目を背けるでない。よく見ろ、皿を。口の中に広がる異常な苦味を。お前は一体何を噛み砕いたのか、真実に目を向けるのだ!
 はい、正解はミドリのカメムシでした。あう。同色のわさび菜にくっついてきたのだな。葉を洗った時に気付けず食ってしまった。老眼が進んで手元がよく見えないことをいいことに、真っ二つに割れたカメムシの死骸を何か別の無害な植物にすり替えて脳みそを騙し、心の安寧を確保しようとしたのだが、無駄な足掻きであった。真実に勝るものなし。恨めし気にこちらを見つめるカメムシの半身を見下ろしながらラーメンのスープを無言で飲み干す宇宙人。ラーメンの味に支障は出なかったが、噛み砕いた瞬間に広がった苦味がいつまでも消えない。カメムシはその臭気で嫌われる虫だが、潰されない限り臭わないのだな。そして口の中で潰されると苦味になるのだな。
 知識が増えて良かったな、宇宙人。こうでも言い聞かせないと慰めようがない。なんというブルーなクリスマスなのだ。ケーキでも買ってきて気を紛らわせようか。とりあえず緑茶でゆすいで、歯を磨いて、冷蔵庫にある発酵食品で口の中を洗浄して、もう一度歯を磨く。大分マシにはなったが、ゼロにはならない。カメムシを食ったという事実から目を背けたいわが脳みそは、この苦味の成分を冷静に分析してその味がコリアンダーにそっくりであると断定する。そうだ、これはコリアンダーなのだ。コリアンダーを食ったと思え。色も同じ緑色ではないか。地球に食糧危機が訪れた暁には、昆虫食の味付けにカメムシを使うのだ!

 空しい現実逃避はこれくらいにして、冬休みのお勧め映画と図書を案内しよう。宇宙人は滅多に映画を観に行かないが、先週珍しく見て来た。『翔んで埼玉~琵琶湖より愛を込めて~』。前作が大層笑えたので期待を込めて足を運んだが、期待を裏切らぬ突き抜けたバカバカしさだった。何より画面に隙が無い。物語のみならず役者の背景に映る大道具小道具の細部にも笑いの種が仕込まれていて、これらをうっかり見逃すまいと目を凝らすので、集中力が途切れない。画面に詰め込まれた一貫したナンセンス・ギャグに、制作側の意気込みと歪んだ喜びが感ぜられる。もちろん豪華キャストも怪演だ。大阪人は大層なディスられようだが、出身差別にならならぬよう自虐と諧謔に巧みに落とし込んでいる。
 一作目の時も思ったが、自虐で笑える日本人は本当に民度が高いと思うのだ。世の国際紛争を見よ。やれ人種だ宗教だと、低い次元の優劣を競って殺し合うのは、精神の未熟のせいではないのか。埼玉人や大阪人の精神が未熟であったら、この映画でとっくに暴動になっていよう。日本中の田舎者と成り上がり者よ、君たちは成熟しているぞ! 胸を張れ!
 というわけでこの映画をお勧めするよ。実は他にも好評と聞いて見に行こうかと思った作品があった。『ゴジラ-1.0』とジブリの『君たちはどう生きるか』だ。しかし「米国で興行成績トップ入り」とのニュースを聞くに及び、踏みとどまった。だって「全米が泣いた」とか宣伝する映画ほど期待外れじゃん。「忘れ去られる前に儲ける」ためなら何でもする米国の宣伝も評価も当てにならないよ。その点『翔んで埼玉』は絶対に米国ではウケない。そもそも外国人は誰も理解できない内容だ。しかし国内だけでも十分収益が上げられる、そういう映画なのだ。地産地消上等なのだ。くだらない輸入品を買って日本円を海外に流出させるな、なのだ。

 なお宇宙人の年末年始の読書ラインナップは以下の通り。既に読み始めた『動物たちは~』は、冒頭から瞠目の知的感興溢れる名対談なのだ。
◆山極寿一×鈴木俊貴『動物たちは何をしゃべっているのか?』
◆高野秀行『トルコ怪獣記』
◆早瀬耕『グリフォンズ・ガーデン』
◆リュドミラ・ウリツカヤ『緑の天幕』
◆奈倉有里×逢坂冬馬『文学キョーダイ!!』
◆柚月裕子『臨床真理』

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